エピローグ

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   木下家の愉快な日常を聞きながら仕事の話をしながらグラスを傾けていた休日の午後。時刻は2時をすぎた頃だった。遅くとも4時頃には綾乃を帰さないといけない。幼児のいる家は夕食も就寝も早いことを千佳子は理解していた。 【今夜どうすんだ】    「噂の彼から?」  千佳子の携帯に槇からメッセージが届いた。  来るのか来ないのか、ということらしい。    付き合っていない時は王様のように「来い」と命令していた槇が最近は千佳子の出方を伺ってばかりだ。それを千佳子は少し申し訳なくも思いながらも気長に付き合っていこうと思っている。  【来てほしいの?】  可愛くないことを言ってる自覚もある。  槇が「来てほしい」と思ってることぐらいなんとなくわかるのだ。  本当に来てほしくなかったら連絡などしてこない。千佳子が来ても出会わないようにとっとと飲みにでも出て行くだろう。こういうメッセージが来る時点で槇は千佳子が来るのを待っているのだ。そうわかっているのに千佳子は素直に「行く」と言えない。  【どっちでも】  それは槇も一緒だった。本当は来てほしいのに「きて」と言えない。どうして言えないのか。「行かない」と言われることが怖いからだろう。  槇と付き合っていく中で知ったが、本当の彼は案外怖がりだ。それはきっと槇の家庭環境が原因だった。    両親が離婚し、母親に引き取られられた槇だが、母は母で槇を養うことで精一杯。幼い槇と一緒に過ごしてあげることができなかった。運動会も授業参観も期待するたびに落とされた。裏切られ続けると期待することもアホらしくなる。  本当は「来てほしい」のにそんなこと言えなかった。だから傷つかないように「どっちでも」というのだ。「来なくていい」とは言わなかった。本当にこなくなったら怖くて悲しいから。  千佳子の存在が槇の中で大きくなればなるほど槇は予防線を張り回らした。それを千佳子は槇と向き合いながら丁寧に一本ずつ断ち切っていく作業が必要だった。  【迎えに来て】  迎えに来てくれるなら今晩そっちに行く、と千佳子は暗に告げた。  槇はきっと「しゃーねーな」と言いながら迎えに来てくれるのだろう。  帰りにどこか食事をして帰ればいい。昨夜のことを謝って、槇にちゃんと自分の気持ちを伝えてもいいんだと教えてあげなければと思う。    
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