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「よっしゃ、こいこい!」
「1番、1番、1番!!!」
ある週末。新年も迎え落ち着いた日の頃。都内某所にある競馬場に二人はいた。槇が競馬に一時期はまっていたことを知り、千佳子が誘ったのだ。
槇からしてみれば「マジで?」というわけではある。昔大枚を叩いて以降控えていたが、千佳子に誘われたら仕方ない。寒空の下、新聞とボールペン片手に身を乗り出して叫んでいた。
『4コーナーのカーブを回る! さあルリイロノソラの逃げが鈍った!ルリイロノソラ鈍った! 後続馬が追い込んでくる!その中からユウキノカケラが来るか! ユウキノカケラだ!いや、シロイツバキだ!!シロイツバキだーーー!!!』
「いけー!シロイツバキーー!!」
「ルリイロノソラーーー!!」
『ルリイロが来た!ルリイロ頑張れ!ツバキが粘る! ルリイロを追ってユウキ!ルリイロ来る! 外からユウキ!ツバキ!ツバキが逃げ切るか?!』
声が枯れるほど叫んだ。ワーワーと応援する。1着2着を予想したレースだ。ふたりは朝から新聞やネットの予想レースを見て賭けに臨んだ。
その結果。
「キターーーー!!」
「っしゃーーー!!!」
きゃーっと二人で抱き合って笑いあった。
騒いだ拍子に開けっぱなしにしていたビールが倒れる。
こぼれた!臭え!なんて慌てながらも寒さも全く気にはならなかった。
「まさか勝つとはねえ」
「もっと賭けとけばよかったぜ」
帰り道、勝ったお金で食事をした。大した金額にはならなかったけど、それでも十分だった。お金より楽しい時間だ。
「今度ゴルフでも行く?」
「朝はえ〜よ」
「三連休とかならいいでしょ?」
ラーメンを啜りながら千佳子が笑う。槇はようやく出会った時と同じぐらいにはわがままを言うようになった。あの時と違うどうでもいい相手ではなく、千佳子に心を許した上でのわがままだ。
「そうだなー」
「どうせなら近くに温泉とかあれば良くない?」
「温泉かー」
「なんだったらいいのよ」
こうやって色々提案しているのにいまいち反応が良くない、と千佳子は剥れる。まあいつものことだ。
今日だって「競馬ぁ〜?」と非常に面倒くさそうだった。休日は一緒にいないと寂しいみたいなことを言ってたくせにこれまではどこも行かずにゴロゴロするばかりだった。クリスマス時はイルミネーションを見に行ったり、年明けはセールに借り出したりとなんだかんだ連れ回すようになったのは二日も家でゴロゴロ引きこもるのは千佳子の休みの過ごし方に反するから。寒いからと出て行かないのは余計にストレスが溜まる。よって千佳子がこうやって無理に連れ出している。
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