白よりのグレー

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 千佳子はどちらかといえば大雑把だった。口も悪い。  言いたいことはストレートに言うしオブラートと言う言葉は知っているがあまりに婉曲した表現は好きじゃない。なぜなら自分の伝えたいことがそのまま伝わらないことが多いからだ。だから千佳子は日本特有の美徳が苦手だった。  その点、海外ではそれが利点とされる。もちろん空気は読める方なのでその辺りはきちんと読む方だが。  「仕事しねーなら辞めろって言いたくなるわ」  「外資じゃ即刻クビだけどね」  「そのへんシビアだよな。ただ我の強い人間は多いイメージ」  「そりゃそうね。前にいた会社には『自分のキャリアにならないことはしたくない』とかふざけたことを()かす奴がいた」  「つまりあれか?雑用はやりたくないと」  「そういうこと」  槇の前ではいつもの口調でも気にしなかった。結婚相談所では喋り方を注意されたこともある。「モテセミナー」というセミナーにも行ったがやはり言葉遣いは大切とのことだった。  わかってる。仕事ではそんな言葉遣いすると信用に関わるし自分だってそんな話し方をする人間と仕事をしたくない。だがプライベートまで取り繕うのはしんどい。40を過ぎてまで自分を偽るのはもう嫌だった。  「帰れや」  「ウケるw」  「ってなるだろ?消えろ目障りって言いたくなるわ」  「それがまあ仕事はできる奴だからさー」  「そういうのも気に入らねえな。協調性がないのも」  「最低限の協調性は必要よね」  「そうそれ。ここは日本だっつーの」  「普通に給料上げてくれって言ってた。図太過ぎる」  「厚顔無恥も甚だしい奴だな」  槇は顔を顰めると熱々のもつをハフハフしながら食べ始めた。  千佳子はその様子を横目に同じく鍋に箸を伸ばす。  久しぶりだった。取り繕わずに素で話せる時間が楽しかった。  結婚相談所や婚活アプリで出逢った人だとこうはいかない。  なぜなら次に会えるか会えないかと、査定する側ではあるが査定される側でもあるのだ。猫を被らないと大体の男が初対面でNGになるだろう。  それでなくても自分の条件に当てはまる男が少ない。  食べて喋って飲んで毒づき、気がつけばもう日付を超える頃だった。  それなのに酔っ払った槇が千佳子にひとつ提案をする。  「カラオケ行きたい」  「カラオケ?今から?」  「うん。酔ったら歌いたくなる」  どんな癖だよ、と千佳子が笑う。  だが千佳子に付き合ってくれたのは槇だ。  ならば次に付き合うのは自分だろう。  「1時間で帰ります」  「よしわかった、行こう!」  「はいはい。お勘定お願いしまーす!」  もつ鍋は千佳子から言い出したことだ。だから払う気でいたが槇も槇で譲らない。仕方なく二人が当初別々に食べていた分も合わせて6:4になった。それなら半々でよかったのでは?と千佳子は思ったが、槇が万札を出して「便所」と行ってしまった。あれだけ揉めていたのにガクッと拍子抜けした。    
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