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結局最後まで佐野は千佳子の翻弄されっぱなしだった。
これが経験値の差か、とガックリする一方、千佳子と付き合えたらこんなふうに相手をしてもらえるのかもしれないという期待。それは自分の男としての自信はある。さすがエンジニアというべきか、凝り性というべきなのか。佐野はセックスという分野に目覚めそうな勢いだった。
「…すみません、不甲斐なくて」
「ええ?どうして?」
「…どうしてって、千佳子さん満足してないでしょ?」
千佳子は苦笑する。確かに物足りなさはあった。それは最近の槇とのセックスに慣れてしまっているせいもあるかもしれない。いつの間に自分はエムっけが増えたんだと笑わざるを得ないのだが。
「十分気持ちよかったわよ」
「本当ですか?」
「ええ。ちゃんとイったし」
千佳子はしゅんと落ち込む佐野を宥めながら笑いかけた。
佐野はそれでも何か悶々としている。
「俺はもう、骨抜きになりました」
「あら、嬉しい」
「でも悔しいです」
いつの間にか一人称が僕から俺に変わっていることを佐野は気づいていない。そんな彼の変化に千佳子は小さく笑うと「シャワー浴びてくる?」と尋ねる。
「ええ、でも先に千佳子さんどうぞ」
「あら、じゃあゆっくり入ろうかな」
「……一緒に入っていいですか?」
千佳子は「聞かなくても」と苦笑しながら佐野を振り返った。
佐野は子犬のように嬉しそうに後ろからついてくる。
脱衣所の扉を開けたままにしておくと後ろから抱きしめられた。
「好きです、千佳子さん」
「そんなにセックスがよかった?」
「違います。あなたとの将来をイメージできました。きっとこんなふうに俺をリードしてくれるのだと」
「勘違いしちゃダメよ」
千佳子は一蹴する。
「身体の相性は大事よ。でもそれだけで決めるのは時期尚早」
「勢いも大切です。あなたが他の男性に気持ちを傾けていることも理解しています。でも、日常は穏やかであってもいいと思いませんか?」
槇との時間は確かに穏やかではない。ただ、楽しいとは思う。
心地がいいのは信頼できるから。槇が気遣わなのと同じく、千佳子だって気遣わない。すべてがフィフティーフィフィーだ。
「…そうね。考えるわ」
「できたら前向きに是非」
「佐野さんも他の女性とエッチしてみて考えて」
佐野がピクっと反応する。
「それは…」と言いかけて何かを飲み込んだ。
「…そうですね。千佳子さんのおっしゃる通りです。たださせてもらえるかはわかりませんが」
「あなたが魅力的なら少なからず乗ってくる人はいるわよ。女だって性欲あるんだから」
千佳子は湯船に足をつけながら「ふぅ」と息をつく。
佐野はそんな千佳子を後ろから抱き締めると甘えるように髪に顔を埋めた。
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