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「その彼がどうして千佳子と住みたくないって言ったのかは分からないけど、家にいれてる時点である程度許してると思うの。普通に泊まってけって言うぐらいだもん。他の女性より千佳子は近い存在よ」
「…うん。わかってるわ。これは自意識過剰じゃなくて、ある程度は気を許してもらってるってわかってる。わかってるから」
「フラれると思ってなかったんでしょ?彼ならなんだかんだ『いいよ』って言ってくれるって」
「…そうよ。そういう甘い気持ちもあったわ」
「それに貸しひとつ、だっけ?それもあったしね」
「そうね」
「じゃあ、千佳子はちゃんとその彼に『好きだからそばにいたい』って言わなきゃ」
千佳子は隣の彼女を横目で見た。まさかそれを槇に言えと言うのか。
「言ったら離れていく人よ?」
「でも恋人はいたでしょ?過去に」
「……いたけど」
「その子たちは『好きだから一緒にいたい』って言わなかったと思う?むしろ言ったから『勝手にすれば?』ってなったんじゃない?」
目から鱗だった。槇にそういう発言はNGだと思っていた。
だって自分から提案したし、そもそも寄りかかってくる女は嫌いな男だ。
「千佳子はさ、きっとその男よりお金もあるし、服やジュエリーや強請ることないでしょ?一緒にいて、自然体で居られればその彼だって考え直すかもしれないし」
「……そうね」
「結婚もいろんな形があるわ。子ども、ほしいなら少し考えたほうがいいけど、千佳子はどっちでもいいんでしょ?」
「そうね。年齢的に考えても焦ったところでどうしようもないし」
「あとは…“結婚”とか“家族”に呪縛のある人かもしれないけど」
呪縛、と聞いて千佳子はちらっと槇がこぼした言葉を思い出した。
彼の両親は離婚した。姉が父についていき、槇は母とふたり生きてきた。
姉とは父の葬儀で久しぶりに会い、その後は年に数回食事をするようになったと言っていた。でもそれでも『家族』という意識はなさそうだった。小さい頃に離れ離れになってしまったら仕方ないかもしれない。
千佳子の両親はありがたいことに健在だ。旅行が好きでよくふたりで出かけている。さすがにもう70を過ぎているので近場ばかりだが、ついこの間も箱根の温泉に行ってきた、と電話で話した。
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