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「DVを受けた子どもは自分が親になった時に同じことをするっていうじゃない?だから子どもを作らない人もいるって聞いたことあるわ。そういう傷があったりするとやっぱり怖いんじゃない?DVだけじゃないけど、親に対するトラウマというか」
千佳子は飄々とした槇しか知らない。
酒を飲み、好き勝手におもちゃのように人を抱く槇しか知らない。
彼が何を好きで、何が嫌いで、どういうときに安らぎを覚えるのか。
何に怖さを感じて、何に楽しさを感じるのか。
知らないことの方が多くて愕然とした。
「……何も知らないわ」
「だったら知ればいいじゃない」
「……そうね」
「契約取るときは相手を入念に調べるでしょ?」
「…うん」
綾乃は千佳子が今日やっと心から笑った顔を見てホッと胸を撫で下ろした。
店に入ってきた千佳子は、類を見ないほど落ち込んでいたのだ。
どれだけ落ち込んでも「悔しい」が先に感情に出る子だった。
それなのに彼女の表情からは「寂しい」しか感じられなかった。
「で、その食っちゃった彼はどうするの?」
「……」
「物足りないんでしょ?」
「……誠実でいい人よ」
「でも千佳子はそういう人求めてないでしょ?」
ゔっと言葉に詰まった。いつもの千佳子なら「キープしとくわ」って簡単に言える。でも今はどうしてか言えなかった。それは彼が本気で千佳子に心を砕いてくれているとわかるから。そういう人にはきちんと向き合わないのは千佳子の心情に反する。
「そもそも間違いだったのよ。『おかえり』って家で待ってくれる男性なんて千佳子には合わないわよ」
「そんなことわからないじゃない」
「だって千佳子男だもん。対等にビジネスの話をしたいし、対等に自分を扱ってくれる男が好きでしょ?」
「そういう男性で家で待っててくれる人がいいの!」
「じゃあ、その佐野さん?だっけ?その人でいいじゃない。フリーランスのエンジニアで自分で自分を養ってるってことは社長でしょ?ドMだけど」
「ドMはいいのよ。別に」
「でも物足りないんでしょ?」
「育てるのは楽しいわ」
「師弟関係ね」
でもそうじゃない。そうじゃないと千佳子も知っている。
あの目で見られたかった。千佳子を女として見るハイエナのような目が。
飢えた獣のように渇望したオーラが。
「ドMの扉が開いたのね」
「ドMにドMって言われたくないわ」
「あらー。私はドMじゃないわよ。ふふん。この間だって」
「いいわよ、そんな話」
「え?聞いてよ」
「いやよ。あの綺麗な顔してドMだなんて、綾乃の旦那どれだけ兼ね揃えているのよ。羨ましすぎるわ」
千佳子は本心からそう言ったのに綾乃はちょっとだけ顔を顰めた。
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