白よりのグレー

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 新宿の駅近にはカラオケ店がたくさんある。歩いてしらみ潰しに向かうのは面倒臭いので電話して部屋の空室状況を調べた。二軒目で運よく見つかり駆け込んだ。タクシーを捕まえるより早いからと酔っ払ったままアラフォーの男女がスーツ姿のまま走った。  「あー、しんど」  「喉乾いた。ビール」  「歌え」  「ちょっと休憩させてよ」  DAMがいいとあれだけ受付で文句を言った男は部屋に入るなりグテッと寝こけた。あれだけ飲んで走ったら気持ち悪くなるだろう。そんなのわかりきっているのに馬鹿だ。  「歌わねーの?」  「え?歌うの?」  「時間もったいないし、歌えよ。あーたしさくらんぼ〜♪」  無理無理。あんな高音でないわよ。  っていうか  「古っ!」  「最近の曲は知らねー。むしろ知ってんのか?」  「知らない。私洋楽専門」  「うわ。さすが外資」  「なんか腹立つわね」  失礼しまーす、とビールがジョッキで二杯運ばれた。  ついでにお冷やと白湯ももらう。  「えー、じゃああれ?アヴィリルのヘイヘイユーユーってやつ」  「ガールフレンド?」  「そう。歌詞がかっこいいやつ」  よいしょ、と槇は起き上がると電目を眺め始めた。  「カラオケなんてもう何年も来てないからさすがに一発目からそれは」  「何?ウンチ?痛っ」  千佳子はおしぼりを丸めて槇目がけて投げた。見事に頭に当たる。  槇は笑いながら「よし、じゃあ」と曲を入れ始めた。  「うわ、なついーーー」  「青春だろ」  「上がるわ〜〜」  「わかる。すげーわかる!!」  めちゃくちゃ流行った曲だった。一曲目からテンションが上がる。  槇は歌っていると気持ちよくなってきたのか立ち上がって歌い始めた。  千佳子はそれを眺めながら同じ年代の曲をいくつか入れていく。  「お!その曲好き!歌う?」  「うん」  兄が大好きだったバンドだ。もちろん千佳子も好きだった。  地声が低い千佳子にとってこの曲は歌いやすい。  「歌えるやつ歌ってよ」  「いいのか?」  「うん。歌いたいんでしょ?」  歌う、と槇は少年のようになつっこい笑顔でマイクを持ったまま頷いた。      
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