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たまたま空いてた個室を大将は快く使わせてくれた。
槇の自宅まで行く時間もエネルギーもなかった。何より誰か人の気配がある方が千佳子は冷静に話ができると思う。そして、鞄で打たれた拍子に擦り傷がついた頬を槇は氷で冷やしながら不貞腐れていた。
「…暴力はだめだろ」
「それだけのことをしたって理解しなさいよ」
「…はじめから約束だっただろうが」
「気持ちなんて変わるわよ。どうして分からないの」
今までだってこういうことあったでしょう?千佳子は苛立たしげに言い放った。そんな女たちと自分が同列だなんて本当に不本意だ。こんな男に沼る自分も、こんなにも感情に乱されていることもすべて気に入らなくて認めたくなかった。
でも認めるしかなかった。否定したところで千佳子は可愛い女にはなれない。自分の気持ちを認めた以上白黒はっきりさせたいタチだ。どうせ可愛く訊ねたところで槇にはのらりくらりかわされるだけ。そもそも一回ポッキリで終わらなかった関係だから、槇だって少なくとも情ぐらいあるはずだ。
「……分かるわけねえだろ」
「嘘。私はわかったわよ。少なくとも私は内側に入れてくれてるって」
「……自惚れだな」
「じゃあ、誰でも家に居れるんだ?毎日誰かがいるのは嫌だって言っといてホイホイ簡単に家を教えるのね?」
「そういうわけじゃ」
「そう言ってるのと同じでしょ!」
はいよ、落ち着けー、と間伸びした対象の声が外から聞こえた。
気を利かせて飲み物を持ってきてくれたらしい。
「…落ち着けよ。何にそんなに怒ってるんだよ。俺の答えがそんなに気に食わなかったのか?」
「ええ。気に食わないわよ。したこともないことを想像だけで出来ない合わないっていう弱虫だと思わなかったわ」
「へいへい。俺は弱虫だよ。弱虫でいい。ってか自分のことぐらい自分で」
________バシャッ
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