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「流石に難しい判断はさせないでしょう? 中身を読んで整理するくらいだったら、私にもできますよ」
一応は民間企業のOLだったので、平均レベルの書類整理や報連相はできるつもり。
ひらひら〜っと手持ち無沙汰に両手を振ると、レグルスは片眼鏡に指を添えて私を睨み上げた。ルビーのような赤い眼がじっとこちらを射抜く。
……うう、こっちは『信用していない』眼差しだ。少し寂しい気持ちになって、私は両手を下ろして真顔で告げた。
「レグルス……『小さな王』。別に貴方の仕事能力を疑っているわけではないのです。貴方は優秀だし、個でも強い……だからこそ、こんな些末な書類仕事に時間を取られていて欲しくないのですわ」
四聖が一つの戦をひっくり返すのなら、レグルスだって一国を滅ぼすくらい強い。じゃあどうしてさっさと人間界に行って暴れてこないかっていうと、お話の都合上……だけじゃなくて、強い魔力が土地に染まると、他の生き物が生きていけなくなるからだ。
魔族は世界を統べたいのであって、その他の生き物を根絶やしにしたいわけではない。だから土地を死なせず、人間や動物、植物たちが絶滅しない程度にちまちまと戦っている。とはいえ。
「今後の四聖の動向次第では、いずれ私たち六天にも出番が来るでしょうけれど……それまでは、多少は余裕を持って暮らさないと、部下たちに動揺が伝わってしまいます」
だから、働きたいんです! ここで働かせてください!
なんか部屋の広さといい、某ジブリ映画みたいな絵面だな……と思っていると、目の前の湯婆……じゃなくてレグルスは驚いた様子で両目を見開いていた。
ヤバい、今のラミアっぽくなかったかも……。心配する私をよそに、彼はさっと視線を逸らして片笑んだ。
「貴女のそれが本音かどうかはさておいて。そこまで言うなら、手伝っていただきましょうか」
そう言い、指輪を嵌めた人差し指で机を優しく叩く。コツコツ、と硬い金属音が鳴ったのも束の間、書類の山から十枚ほどの紙が自動的に滑り出て、奇術のように私の元に飛んできた。
「わっ」
本当にジブリっぽい! 頬を緩ませた私は、宙に舞う紙を片腕で掬い集めた。異世界にいるって実感できるの、楽しいな〜。何より仕事が貰えて嬉しい!
部屋にあった長椅子に腰掛けて、私は黙々と書類を振り分け始めた。机はレグルスの場所以外にはないので、椅子の空いているスペースを使う。
優先順位の高そうなものは右側、後回しでも良さそうなものは左側にして、パッと見て不明なものは背もたれの上に置いておこうっと。
どうしてスムーズに目を通せているかっていうと、全部日本語で書かれているからだ。転生モノにありがちのご都合翻訳ではなく、まぁこれも好都合すぎるんだけど、作者の想像範囲の問題ではなかろうか。
人間界の食糧事情についての報告書を背もたれの上に置いた後、私はちらりとレグルスの方を見やった。私の働きぶりが予想以上だったのか、レグルスは書類の振り分けを全てこちらに預け、今は書類にサインをしたり、何やら手紙をしたためたりしている。……こういうところを、魔力でちゃちゃっと片付けられないものかねぇ。
そもそも、参謀キャラってどうしてこう書類仕事に忙殺されているイメージなのかな。知的=机に向かってる印象?
前線でもデータを駆使して戦う印象があるから、結局はそのデータを得るための工程が今なのかも。
下準備が大変……っていうか、基本的に縁の下の力持ちだよね。派手なアクションは周りの仲間に任せつつ、自身はせっせと策を練るの。責任重大だし、特に敵役なんかだと、読者から目の敵にされやすい。戦いだからなぁ、時にはえげつない手も使うよね……。
なーんて考えながら、私は淡々と作業を進めた。書類の山はいつの間にか無くなって、振り分けられた報告書たちも殆どがレグルスの目に触れることになった。
思ったよりもあっさりと終わりが見えた……。やっぱり一人よりも二人だな、と自分でも満足していると、ふいに部屋の壁際で何かがきらめいた、気がした。
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