例えば参謀

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 私がその光を見とめたのと、レグルスが立ち上がったのは同時だった。  レグルスは性急に軍靴をさばき、ちかちかと光を放つそこへ寄る。 「その鏡……」  私は小さく呟くと、レグルスが対面した壁掛けの鏡をまじまじと観察した。  いかにも貴族の邸宅にありますって感じの、金細工のフレームが流麗な大鏡。黄金の茨でぐるりと囲われた鏡面が、星の瞬きのように光を明滅させている。  レグルスはいつも通りの澄まし顔で、その輝く鏡へ手を伸ばした。彼の指先が鏡面に触れた途端、光は水面の凪ぐように収束して、代わりに一人の影が鮮明に浮かび上がる。レグルスではない、私の知らない人の影が。 「レグルス様。先ほどを持ちまして、リィン川西部の制圧が完了いたしました!」 「ご苦労」  部下らしい男に、レグルスはクールに労りの言葉を投げた。どうやらこの鏡は通信アイテムで、離れた場所にいる者と会話ができるらしい。白雪姫に出てきそうとは思ったけれど、本当に魔法の鏡だったんだ! 「人間たちですが、随分と呆気なく……このまま橋を渡って東部に踏み込めそうです。進軍してもよろしいでしょうか!」  戦で昂っているのか、部下は勇んでレグルスに許可を乞う。川、橋……きっとまだ本編序盤だから……私はすぐさま記憶をさらい、そのエピソードを思い出した。 「……これ、橋の途中で四聖が来る展開だ」  口元を手で覆い、かすかな声でひとりごちる。小説では四聖の視点だった。魔王軍の襲撃の知らせを聞きつけ、主人公たちはリィン川に走るのだ。  リィン川は大陸随一の大河で、西から東へ渡ると、王侯貴族が治めている商業都市がある。つまり人間側にとって、ここの侵攻は絶対に食い止めなければならないのだ。  小説の中では、四聖が川岸に着くと橋には魔物の群れがひしめいていた。数多の敵が迫り来る橋のたもとで、四聖は大河の水を操りつつ、魔王群を一網打尽にする。  第十話。『波濤を生め、リィン橋での激闘』。  タイトルまで鮮やかに脳裏に浮かび上がり、私はバクバクと鼓動を刻む胸を服の上から押さえ付けた。  小説の通りなら、きっとレグルスは部下の上申を受け入れるに違いない。そして数時間も立たないうちに、部隊壊滅の報告が届くのだ。  私はごくりと唾を呑み、花弁のようなラミアの唇を震わせた。小説のあらすじに介入できるかは分からない。――けれど、 「やめた方が良いです。橋は渡らず、撤退することを勧めます」  私が口を挟むと、レグルスは驚いた顔で振り返った。 「は? なぜ」 「四聖が来ます。このまま作戦を通したら、部隊が丸々無くなりますよ」  お前にどうして分かる、とは言われなかった。  元より力の強い魔族、それから修練を積んだ人間には、他者の目では推し量れない第六感が存在する。  そういう世界だから、高位の魔族……特に魔王の娘であるラミアの直感となれば、なかなか馬鹿にできないのだ。  魔王軍の古株、しかも参謀役なだけあって、レグルスは思慮深い。私のような小娘の意見も取り下げず、彼は考える仕草で鏡に背を向けた。 「人間界に雪崩れ込むチャンスなのに?」 「私にはリスクに見えます。何も今、彼らの懐に入る必要はないでしょう」  どうかどうか、この真摯な気持ちが伝わりますように。こんなに一生懸命働いている人に、部隊壊滅の報告なんて聞かせたくないじゃない。  私と顔を見合わせながら、レグルスはしばらく悩んでいた。橋を越えての進軍は今の時点では作戦外。ただ、この先同じようなチャンスがやってくるかは分からない。  あらすじを変えるのって、簡単じゃないのかも。慎重なレグルスなら聞いてくれるかもって思ったけど、凄く難しい顔をしている。  どうにか動かしたい。彼を助けたいな……そう思ったとき、私の身体に異変が起こった。
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