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「魔王様」
自室に入る前、私は見送ってくれた……というか、多分監視がてら付いてきた魔王サラデウスへと振り返った。
「こういう場では父でよい」
「ありがとうございます。……ではお父様。先ほど会議で私に対して、『相変わらず訳の分からないことを』って仰いましたよね? 私は以前からこうでしたっけ?」
これもおかしな質問なんだろうけど、何となく気になった。ラミアって性格は驕慢でぶっ飛んでたけど、そんな浮いたキャラではなかったはずだから。
私の率直な質問に、魔王はいくらか逡巡した後、
「そうだ。時々意味の通らないことを言っては、父や母を困らせていた」
「お母様……」
「お前が幼い時に亡くなったよ」
あれ。わざわざ教えてくれるってことは、もしかして中身が違うって気付いてるのかな……?
ラミアの母親が故人とか、小説にはなかった情報だ。元々の小心が出てしまって、私はポロッと打ち明けた。
「……あの。私、きっと許されないことをしたのだと思います」
小説ページにあの感想を書かなければ、転生しなかったんだもの。後ろめたい気持ちでうつむくと、私の頭の上にぽん、と大きな手が置かれた。
「どうして? 何があろうと、お前は私の大事な娘だよ」
親子だけの場所だと、こんなこと言うんだ。恐る恐る顔を見上げて、私は胸がきゅっと苦しくなった。
他でもない魔王の言葉は、嘘か本当か分からない。優しい微笑みなんて、なおさら。
「おやすみ、ラミア」
「おやすみなさいませ。……お父様」
離れていく漆黒の背中が美しい。まさに悪の華の父というか、親玉の貫禄だった。棘を備えた、暴力的なまでの美。
……ラミアの部屋はとにかく豪奢できらびやかで、落ち着かないけどすごく彼女らしかった。窓いっぱいに輝く月が、まるで蜜色の大理石のごとく艶めいている。
やっぱりここは異世界なんだ。私は寝返ったら息できないんじゃないかってくらいふかふかのベッドに身を潜らせて、その夜はちょっとだけ涙を流した。
ラミアが送るべきだった人生や、彼女を愛していた周りの人たち、それから“私”の父母のこと。
胸の中に仕舞って、明日からは強く生きていかなくては。もしかしたら元の世界では別の私が、私よりも堅実な人生を送ってくれてるかもしれないし。いつか戻ったとして、全然時間が経っていないかもしれない。
大丈夫。きっと大丈夫だから、とりあえずは魔王城の住人と上手くやっていこう。
瞼を閉じると、無機質な『じゃあ代わってみます?』の文字がふわりと脳内を漂って、紫煙のようにほどけて消えた。
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