例えば参謀

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 魔王軍の参謀役。もといレグルスの執務室は、広大な魔王城の東館にある。  魔王城の構造は分かりやすい。東西南北と区画があって、北はお父様や私が生活する王族用の居館。東は上位の魔族たちが住み、西は魔獣の厩舎、表口を担う南には闘技場……コロッセウムがある。  ラミアの部屋がある北館を離れ、私とレグルスは東の主階段をえっさほいさと登った。魔族だし、徒歩より楽な方法があるんじゃないかな〜なんて考えつつ、最上階に辿り着く。大きな両扉の前に立ち、レグルスが振り返った。 「本当に退屈かと思うのですが」 「ここまで歩いてきて、今さらです」  長い螺旋階段、休憩なしに引き返すのも怠いし。いや、ラミアの体は体力に満ち満ちているんだけど、中にいる私の気力がね? どうやっても自分の足で帰れそうにない。  レグルスは深い溜息を吐いた後で、ようやく執務室の扉を開けた。清潔感のある大部屋だけど、意外と物が多い感じ。キャラ的にはミニマリストっぽかったので、私はちょっと驚いた。  三、四人は座れる豪奢なソファや、胡蝶ランを凶悪にしたような鑑賞植物、白雪姫の魔女が持っていそうな壁掛けの鏡……それらをレグルスが逐一説明するわけはなく、彼はさっさと仕事用の椅子に腰掛けると、机の上に山積みされた書類をめくり出す。  まぁ無理矢理お邪魔したのはこちらだし、放置プレイも当然かもしれない。私は失礼にならない程度にゆっくり室内を巡りながら、あらためて証明された、この世界の摂理について考えた。  小説にないシーンが、きちんと存在している。  レグルスの執務シーンって、小説内ではありそうでなかったものだ。ファン的に興味があったのは間違いないんだけど、せっかくレグルスに吹っかけたのだから、ちょっと試してみたかった。  『小説にないものを要求したら、世界がどうなるか』。  変な縛りにかかって、レグルスから断固拒否されるかもしれない。あるいは夢のように場面がスキップされたりとか、最悪なのは世界が破綻して一気に消滅するとか。  さすがに、執務シーンおねだりで世界終焉! 私死亡! はないかなぁと思っていたけど、なかなか勇気のいる要求だったのだ。  結果としては、小説内になかった各々のキャラの暮らしは、この世界では綺麗に補完されている。  この世界が下地にあって小説が書かれているのか、逆に小説からこの世界が広がっているのかは確かめようがないけれど。  少なくとも、描写が無くてもみんな好き勝手やっている。ここで大切なのは、つまり私も、ある程度は自由に動けるってことだ。  分厚い絨毯が敷かれているので、高いヒールのブーツで歩き回っても全然足音が響かない。花粉を吸ったら即死しそうな紫ランの前をそろりと抜けて、私はレグルスの背後にあった帳に近付いた。  黒地のビロードに、カラフルな蔦模様の刺繍が美しく這っている。レグルスって意外と派手好きなのかなぁ。手触りのいいカーテンを何気なしにめくると、ギャップにときめいていた私の心臓が別方向に跳ね上がった。 「ベ、ベべべべ、ベッド!?!?!?」
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