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天蓋付きの、妙に色っぽいベッドがある!
私は転がるように後退すると、尻餅をついた状態のまま、わなわなと唇を震わせた。見てはいけないものを見てしまったように、「あれ、あれ!」と他ならぬ持ち主に向かって指差しアピールをする。
極端に動揺する私を見て、レグルスは心底嫌そうに目を細めた。
「……私室と兼用しているもので。お見苦しいものを晒してしまって、申し訳ありませんね」
「壁とか扉とか付けたらいいじゃないですか! こんなに広い部屋ですよ? カーテン一枚で隔てる必要あります?」
私が勝手に見たのが悪い。分かってるけど、分かってるけど!
予告なしに誰かの寝室を覗くのは心臓に優しくない。しかもレグルス、潔癖キャラだしな。彼のプライベーゾーンはもっと敷居が高いと思っていた。
ああ、魔王城がネットに繋がっていたらなぁ。レグルスのお部屋事情とか間取りとか、界隈のオタクたちに喜んで提供するのに。
「何をお考えですか? ラミア様」
「いえ別に」
貴方の夢小説を読みたいなぁなんて考えていませんよ。というか、こっちの世界で夢小説といったら実在する相手になってしまうのか。距離が近いだけに気まずいな……。
私はゆるりと立ち上がり、お尻の埃を軽く払いながらレグルスに聞いた。
「いくら広いと言っても、貴方ほどの人がワンルーム生活を送る必要はないでしょう。別に部屋を用意したらどうですか?」
「間に合っていますので」
「間に合わせているだけでは? もしかして、他の部屋に帰れないほど忙しい?」
お節介でしかないのだけれど、見なかったことにはできないなぁと思った。
移動時間すら省かれた寝室と、机の上にこれでもかと積み上げられた書類の山。
もしかしてじゃなくても、レグルスは物凄く忙しい。その繁忙も長期に渡って続いていて、ブラック企業の社員みたいに感覚が麻痺しているんじゃないかな。
私は考え込み、奥の窓辺に視線を向ける。何にも変化のない、魔界の空虚な夜。……ちょっとの間が空いた後、レグルスは重ねた書類の縁をとんとんと机で整えながら、静かな声で言った。
「最近、人間界の動きが不穏なのはご存知かと思います」
「……四聖のことですね」
私たち魔王軍の幹部が六天なら、人間側の英雄たちを四聖といった。地の女神から選ばれた四人の戦士。それぞれが人智を超えた能力を持ち、単身でも一つの戦をひっくり返すほどに強い。
破竹の勢いで人間界に侵攻していった魔王軍は、四聖の出現によってその野望を阻まれるのだ。以降、行く先々であい見えては人間相手に辛酸を舐めさせられることになる。
当然だ、この『白夜妖戦記』の主人公は四聖の一人なのだから。
魔王が取り返しに行く鉱山だって、元々取られたのは四聖が関与したからだ。四聖の誕生、魔王軍の拠点である鉱山が陥落……流れるような本編のあらすじだけど、そうか。こちらサイドから見ると『不穏』で表現されるんだ。
レグルスは四聖の動きを含めて、人間界の情報収集に熱を入れているようだった。そろ、と彼の近くに足を伸ばせば、報告書や地図だけでなく、紙の切れ端を使ったメモなどが雑多に散らばっている。
「大変そうですね。手伝いましょうか?」
私が申し出ると、レグルスは胡乱げに首を傾けた。雰囲気に毒気はなく、信用されていないというよりは、『お子様にできるのか?』と思っていそうな顔である。
失礼な。仮にも魔王の娘だぞ。上司の子どもにそんな目を向ける奴があるか!
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