ホストとケーキ

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愛島さんに家まで送ってもらい、帰宅するとそのまま浴室へ直行した。 シャワーを浴びながら、久しぶりにキレて女の子達に蹴りを入れたことを、少しだけ反省する。 売られた喧嘩といえど、もう少し我慢出来たのではないだろうか……。 ふぅーと息を吐き、一人反省会を終えた。 タオルで髪を乾かしながら、鏡に目をやる。 赤みが差し、少し頬が腫れている自分の顔が映っていた。 「あー、これまだ腫れるヤツだなぁ……。」 手で頬を押さえれば少し痛みが走る 「腫れが引くまでは、樹々兄の所には行けないね……。」 心配させたくないし、何より原因を聞かれたら非常にマズイ ストーカーしていた事がバレたら説教一時間コースだ。 樹々兄は怒ると怖いのだ。ウム。 浴室を出て、リビングへ飲み物を取りに行くと、 テーブルの上に一枚の手紙が置いてあった。 それには、今夜は遅くなるので、夕飯はお隣に頼んであると書かれていた。 「うーわー!マジですか!」 手紙を見ながらしばし固まる。 この顔ではちょっと行けそうにないし、 何より、ケーキを食べ過ぎてお腹は満腹状態だ。 どうしようと考えていたら、突然、携帯が鳴った。 BU-BU-BU-BU- バイブし続ける携帯を思わず凝視する。 ディスプレイには、樹々兄の名前が浮かび上がっていた。 うわ……樹々兄! いつもならワンコールで出るのに、出れない今を呪いたい。 神様、これはストーカーした罰ですか?そうですか?なら仕方ない。 私は携帯にクッションを被せ、自室にそっと逃げ込んだ。 「どうしようか……居留守を使ったわいいが、相手はお隣さんだ。 突撃訪問される可能性が十分にある。困った。」 このまま自室にいれば、突撃私室訪問されるのは確実だろう……。 イコール説教部屋直行便である。それは是が非でも避けたい。 ならば、何処かへ逃げるか……もしくは隠れる?何処へ? キョロキョロと見渡し、考え、 私は両親の部屋の中にある、ウオークインクローゼットに立て籠もる事にした あそこなら、まさか入って来る事は無いだろう。 私は飲み物と、小さな灯りを手に、親の部屋のクローゼットにそそくさと逃げ込む。勿論、ブランケットとクッションも必須アイテムだ。 暫くすると、ピンポンとチャイムの音が鳴り響き、玄関のドアが開く音がする。 私はクッションを抱きしめ息を殺した。 (ヒーーーーーーー何だか怖いな!) タンタンタンと階段を上がってくる足音がする その足音は、私の部屋の方向へ真っすぐ向かった。 「胡桃いるー?」 樹々兄の私を呼ぶ声がする。 条件反射で返事をしそうになる口を、クッションで押さえた。 ガチャリとドアを開く音がして、そのドアは直ぐに閉じられた。 私がいない事を確認して閉じたのだろう……。 やがて、その足音はこの部屋の前まで来て立ち止まった。 (え?親の部屋に入って来るの?マジで?) 緊張で、心臓がバクバクと音をたてる だが、入ってくる事はなく、足音は静かに階段を下りて行った。 (良かった……見つからなかったぁ……。) 耳を澄ませば、玄関のドアが閉まり、鍵を掛ける音がした。 私がいない事を確認して帰っていったんだろう……。 私はフゥーと大きく溜息を吐いた。 大好きな樹々兄なのに、隠れなきゃならないこの状況 せっかく来てくれたのに……ごめんなさい……。 何だか悲しくなり涙が滲む ゴシゴシとそれを拭い、私はクッションに顔を埋めた。 色々あって疲れた、疲労困憊だ……。 睡魔に襲われ私は静かに目を閉じた。 ◇◇◇ 「……………」 目が覚めて、今の状況が一瞬分からなかった。 ああ……そうだ。 親のクローゼットに隠れて、いつの間にか寝ていたんだった。 今、何時なんだろう?両親はもう帰ってきてるのかな? 手元に時計が無く、そっとクローゼットのドアを開ける。 まだ両親は帰っていないようだ。 時計を見つめると、時刻は夜の10時を回っていた。 「おお……結構寝てたんだな……。」 真っ暗な中、明かりを点けて階段を降りる リビングに入り明かりをつけると クッションに埋もれさせていた携帯を掘り起こした。 沢山の着信履歴を見つめ、申し訳ない気持ちで一杯になる 思わず「ごめんなさい」の言葉を呟いた。 「謝るくらいなら、出ないさいよね」 不意に背後から声がして、驚いて携帯を床に落とす 凄い音がしたけど…… ディスプレイが割れていないか気になるけど、それどころではない。 何故だ?いつから?え?え? ドクドクと心臓の鼓動が高鳴り、冷や汗がじわりと滲む。 怖くて振り向けない……。 固まったままの私の肩をグッと掴み、強引に振り向かされた。 「なるほどね。その顔のせいで、私に会えなかった?」 片眉をあげて、私を見つめる樹々兄 うわーーうわーー怖い怖い怖い! 「その顔どうしたの?って聞かれたくないんでしょ? 残念ながら、愛島から電話があったわよ。全部聞いたわ」 その言葉に、思わず目を見開く 終わったー終わったー呆れられたー嫌われたー 私の瞳からポロリと涙が零れ落ちた。 「馬鹿ねぇ……怒るわけないじゃないの。 あんたと何年の付き合いだと思ってるの?ただ、凄く心配したのよ」 樹々兄が呆れたようにため息を零し、呟いた。 「だって……ストーカーしたし……」 「ああ…それねー。確かにそれは怒るわね」 「……ごめんなさい」 「違うわよ。愛島の馬鹿と一緒にいたでしょ?デートじゃない」 その言葉に驚いて反論する。 もしかして、焼いてくれてたりするのだろうか? 「で…デートじゃないよ!愛島さんは好みじゃないし!」 「んーそう?ならいいけど。でも、相手はもっと慎重に選びなさいね。 あんな変態ホスト、私は反対だからね」 違ったー!ただ愛島さんが気に入らないだけだったー! ガックリと肩を落とした私の頬に、樹々兄の手がそっと触れた。 「頬……痛む?まだ腫れてるわね」 樹々兄の心配そうな顔が目の前にある、私はマジマジとその顔を見つめた 「何?そんなに見つめると穴が開くわよ?」 「相変わらず綺麗だなって思って……」 「馬鹿ね。照れるからおやめなさい。ホラ、手当てするからコッチに来なさい」 私はソファーに座らされ、頬に湿布を貼られた。 冷たくて心地いいけど、好きな人の前でこの顔を晒したくはなかったな……。 「大丈夫よ。腫れていても、胡桃は可愛いわよ。 ただ、無茶は駄目よ?いいわね」 「うん」 「good girl!」 樹々兄はそう微笑んで、私の頬にキスをしてくれた。 うーーーーわーーーーーー!ご褒美ご褒美ご褒美! 私は顔を真っ赤に染め、傍にあるクッションに顔を埋めた。 樹々兄にとってそのキスは、身内に対するようなものなのだろう……。 例えるなら、兄から妹へ、もしくは、母から子供へ……。 艶っぽさは一ミリもない。 分かっているけど、嬉しいものは嬉しいのだ。 この王子様の呪いが解けて、恋愛対象を女性に向けるまで 私は王子と対等の強さを誇れる姫でありたいと、そう心から思った……。
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