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恋敵とお留守番
「え?樹々兄……今何と?」
「あら?言ってなかった?
明日から連休の三日間、占いのイベントで旅行に行くのよ。」
いつもと同じ日常。今朝も姫塚家で朝食を食べていた私は、
樹々兄のその言葉に、思わず箸を落とした。
実は樹々兄は、有名なタロット占い師でもあるのだ。
ビジュアルもこの通り、大変お美しいので、
占いのイベントでは人気で引っ張りダコなのだ。
あ、お客様、お触りは困ります!困ります!
ハイエナは全員、射ち殺すっ!
「へー、で、今度はどこ行くんだ?」
脳内で、樹々兄に群がるハイエナ達を射殺していたら
羅々がパンを齧りながら、樹々兄に問いかけた。
「今回は関西地方ね。大きなフェスがあって、ギャラも弾んでくれるらしいから頑張って来るわ。お土産に美味しいもの買ってくるから、胡桃をお願いしたわよ。」
「あー、その胡桃だが……見て見ろ、お前の旅行鞄に侵入を試みているぞ。」
「んま!エスパー伊藤ここに降臨?!Bad Girl!よ胡桃!いくら胡桃が小さくても危険よ!」
スーツケースに体をねじ込もうとしていた所を、樹々兄に引っ張り出される。
私は不満全開の顔を浮かべた。
「そんな顔をしても駄目よ、大人しくお留守番してなさい。
胡桃の好きなもの、お土産に買ってきてあげるから」
「……お土産より、樹々兄が良い……三日も会えないなんて……
禁断症状でるー死ぬー」
「もう……三日なんてあっという間よ。
毎日電話してあげるから、いい子で待ってなさい。いいわね?」
「……はい」
「……先に言っておくけど、ストーカーは駄目だからね。」
「チッ!」
樹々兄には、私の行動パターンはお見通しらしく、先手を打たれてしまった。
遠距離トラックをナンパでもして、関西入りを考えたのに……。
某おじさんのチーズケーキを買って来いとリクエストし
食後のコーヒーを啜っている羅々を、チラリと横目で見つめた。
「羅々が行けばいいのに……」
「あ?」
ガシリと頭を鷲掴みされ、睨みを効かされるが、私も負けじと睨み返す。
「羅々、今からちょっとタロットの勉強しようか!うん、そうしよう!」
「お前は……樹々の事になると、相変わらず全力でブレねぇなぁ。
数時間でマスター出来れば、占い師なんていらねーんだよ。」
「そうよ、胡桃。そもそも、おバカな羅々に覚えれるわけないじゃない」
「あー……それもそうか。羅々ゴメン」
「それはそれで、何か腹立つな!意地でも覚えてやりたくなるわ!」
私と樹々兄の哀れみの眼差しに、羅々は心がへし折れかけているが
そんな事は、どうでもいい。
三日間も樹々兄と離れる事の方が、私には重要だった……。
◇◇◇
翌日早朝、大きなスーツケースを送迎タクシーに乗せた樹々兄が
私達に振り返り声を掛けた。
「じゃー行ってくるわね。胡桃……分かっていると思うけど……」
「はい!ストーカーしません!良い子で帰りを待っておりますッ!」
樹々兄の笑顔の圧に、ビシッと敬礼して答える
樹々兄がニッコリ微笑み頭を撫でてくれた
「good girl!よ胡桃。じゃ、行ってくるわね。」
「うん。気を付けてね。」
タクシーに乗り込み去ってゆく樹々兄の姿が見えなくなるまで、
私はブンブンと手を振り続けた。
「ああ……どうぞご無事で!」
「戦場に向かう兵士か……。」
横から羅々のツッコミが聞こえるが、無視だ無視。
だって、寂しくて仕方ないんだ。
しょぼくれている私を見つめ、羅々が「そういえば……。」と
何かを思い出したように呟いた。
「お前、修学旅行の時もストーカー計画練ってたよな。未遂で終わったけど……。」
「こっそり旅の栞も作ってたのになぁ……。」
あの時は、うちの両親に見つかり監禁されたんだった。
「樹々君の学生生活の思い出作りを邪魔するんじゃない」と説教された記憶はまだ新しい。そう呟けば、心底嫌そうな表情を浮かべ両手を抱え込む羅々の姿がそこにあった。
「お前のその、樹々に対する無駄なバイタリティーは一どこからくるんだ。恐怖すら感じるわ」
「これが恋する乙女ってやつよ。」
「お前の場合、恋する最終兵器だろ。樹々の為なら世界も滅ぼしそうだな。」
「ご要望とあらば」
「望んでねーよ!良いか?絶対追っかけて行くなよ?俺が樹々に怒られるんだからな?」
「……」
返事をしないでいたら、羅々に頭を鷲掴みにされた。
心なしか、指に物凄く圧を感じるんですが?
握り潰す勢いですね。分かります。
「返・事・は?」
「……はーい」
「明後日の方向みて、生返事すんな!」
「チッ」
仕方ないので、頭蓋骨が粉砕する前に、私は渋々と頷いた。
「じゃ、俺は用があるから出掛けるぞ。何かあったら連絡してこい。
何も問題起こすなよ?」
「はーい」
羅々はそう言うと、バイクに跨り何処かへ出掛けて行った。
私は大きく一つ溜息を吐き、空を見上げる
良い天気だ。青空が目に染みる。
世間は三連休。
折角の連休、無駄にしては勿体ない。
気晴らしに、そのまま出かけることにした。
◇◇◇
街に出てきたものの
ウインドウショッピングをしても、物欲が湧かない。
何を見ても、何をしても、今一つテンションは上がらないのだ。
もう帰ろう……。
帰って積んだまま放置しているゲームでもするか。
溜息交じりに、私は踵を返す
不意に誰かにぶつかり「ブッ」と口から変な言葉がでた
しまった、後ろに誰かいたのか。
「すみません……余所見してました」
ぶつけた鼻を押さえつつ謝罪の言葉を述べれば、
目に前にいたのは憎き恋敵、豪屋さんだった。
此処であったが百年目
私は口の端を持ち上げ、ニヤリと笑った。
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