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今の僕からあの日の君へ
翌日、僕は再びあの公園に向かった。仕事が終わってからなので、必然的に日が傾いてからになる。誰もいなくなった公園に足を踏み入れると、頼りない街灯の光が薄ぼんやりと辺りを照らしていた。
と、街灯がぱちぱちと瞬いた。暗闇に呑まれるように光が消えて行く。後ろから、子供の足音が聞こえた。
「遊ぼう」
声がした。
あの時と同じ声。
僕は一度だけ大きく息を吸い込んで、答えた。
「……ああ。一緒に遊ぼう」
振り返る。
小学生くらいの子供がいた。不安そうな、怒ったような、今にも泣き出しそうな表情をしておずおずとそこに立っていた。
そうか、そんな表情をしていたんだな。
「本当に……?」
彼が訊いて来た。
「ああ、本当さ」
「君は僕を置いて行ったのに。君だけじゃない、お父さんもお母さんも『迎えに来る』と言ってたのに来なかったんだよ」
「だから僕が来たんじゃないか。両親に守ってもらえなかった約束は、僕が守るしかないだろう」
「田上くんだって来なかった。車に轢かれて」
「田上くんなら元気だよ。きっとまた昔みたいに友達になれるよ」
僕は彼の正面にしゃがみ込み、目線を合わせた。僕そっくりの──いや、僕そのものの顔が、驚いたように目を見開いた。
「あの時の僕は、嫌なことを全部忘れてしまいたいと思っていた。だから君をここに置いて行ってしまった。……でも、僕ももう大人だ。君と向き合って、受け入れる時が来たんだよ」
二十年。こんなに長い間、君を待たせてしまった。君の気持ちは、僕が一番わかっている筈だったのに。
「君を迎えに来たんだよ、……“僕”」
そう、公園の幽霊の正体はこの僕だ。二十年前、この町を去るついでに──いや、事故を目撃して逃げ出したついでにここへ置き去りにした、あの頃の僕の孤独そのものだ。
“僕”はくしゃり、と顔を歪めた。そのまま僕にすがりつくように抱きついて来た“僕”は、わあわあと大声で泣き始めた。僕はそんな“僕”をただひたすらに抱きしめていた。
気がつけば、僕は一人公園の真ん中に座り込んでいた。
どこかで花火の音がした。そう言えば、長らく開催されていなかった花火大会を、今年はようやくやることになったと田上くんが言っていた。きっとその音だろう。
(花火だ!)
嬉しそうな“僕”の声が聞こえた気がした。僕はそっと自分の心に問いかけた。
(花火、見たいかい?)
(見たい!)
すぐに僕の中の“僕”が答える。
(そうか。じゃ、見に行こう)
僕は公園を出て、花火大会の会場へ向けて歩き始めた。時計を見ると、花火はまだ始まったばかりだ。会場までは近いし、今から行っても充分見られるだろう。
……きっと僕は、他の場所にもこんな風に自分の心の破片を置いて来ているに違いない。それを一つ一つ迎えに行くのも悪くない、と考える。それらを全員集めても、僕の心の欠損を埋め切ることは出来ないかも知れない。それでも、自分の破片を置き去りにしているよりは、よっぽどいいんじゃないかと思えた。
ふと、手を握られたような気がした。手を引っぱられるような感触。
(早く、早く!)
“僕”が急かす。
僕は苦笑しながら、“僕”に手を引かれて花火大会の会場へと歩いて行った。
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