後ろからの声

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後ろからの声

 ショッピングセンターを出て、それでもまっすぐ帰る気にはならずにあちこち歩き回っていると、不意に見覚えのある場所に出た。 (ここは……)  申し訳程度の遊具しかない、小さな公園。町の片隅に、取り残されたようにある、この場所。そこは、かつて僕と田上くんが遊んだ、二丁目の公園だった。  僕は思わずそこに足を踏み入れていた。あの頃よりも公園はとても狭く感じた。それは恐らく僕が成長したせいだ。フェンスも、遊具も、ところどころ錆が浮いている。それだけ時間が経ったのだ。  もう夕刻だ。暗くなり始めている。僕は家へ戻ろうと入口の方へ向き直った。すぐ前の道路を車が通って行く。  と。  走る車を見て、僕の頭の中で何かがカチリと噛み合った。心の奥底から、忘れていた記憶が浮かび上がって来た。走る大型の車。親しかった少年。彼は僕の名を呼んで、周りに目もくれずにこちらへ駆け寄って来る。車はスピードを落とさない。 (──田上くん!)  そうだ、これはあの時の光景だ。危ない、と言う間もなく、田上くんは走って来た車に跳ね飛ばされた。  ドン、という衝撃がこちらにまで伝わった。僕の目の前で田上くんの体は吹っ飛び、アスファルトに叩きつけられた。田上くんは少しだけ痙攣し、動かなくなった。  公園に子供を連れて来ていた母親の一人が悲鳴を上げた。それが合図となったように、周囲にいた大人達が車と倒れている田上くんに駆け寄って来た。  そう、あの時。怒号のような声が飛び交う中、僕はこっそりと公園を出たことを思い出していた。怖かったのもあるし、田上くんが轢かれたのは僕のせいだと言われそうな──一種の被害妄想じみた考えに取り憑かれていたのもある。とにかく僕はそこを逃げ出した。友達を、見捨てて。  ……ああ、そうか。  記憶が曖昧だったのは、これを思い出したくなかったからだ。目の前で友達が轢かれた恐怖と友達を見捨てた罪悪感に蓋をして、すっかり忘れて。……そんな最低な自分から目をそらしてこれまで生きてたんだ。  そこまで思い出した時、辺りがすっと暗くなった。  ひた、と足音がした。後ろからだ。  小さな気配が、ゆっくりと近寄って来る。 「ねえ」  声がした。子供の声だ。 「遊ぼうよ」  それは確かに、聞いたことのある声だった。  気配がある。でも、振り返ることは出来なかった。 「……どうしてあの時、置いて行ったの?」  その声はすぐ後ろから聞こえた。いる。そこにいる。  僕はその声を振り払うように、公園の外に向かって歩き始めた。最初はゆっくりと、そしてだんだんと早足に。子供の声はまだ何か言っていたようだが、耳に入らなかった。  公園を出てからはほぼ全力疾走で、どこをどう走ったかはわからないけれど、気がつけば自宅の前にいた。ふらふらしながら自室に入り、僕はばたりと倒れ込んだ。  ──また、逃げてしまった。自分の罪から。  その夜僕は、胎児のようにうずくまって眠った。罪悪感を噛み締めながら。
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