思わぬ再会

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思わぬ再会

 それから一ヶ月程経った頃。  僕は新規の取引先の担当者と顔合わせをすることになり、取引先のスーパーへと向かった。  スーパーの店長は僕と同じくらいの年頃だった。彼は僕の名刺を見ると少し驚いたように目を見開き、名刺と僕の顔を見比べた。 「あ、あの……?」 「小宮……さん、ですよね? ……ひょっとして、昔この辺に住んでいませんでした?」 「はい、小学生の頃ですが……って、え?」  僕は相手の名刺を見た。「田上 健太」。名刺の真ん中には、大きくそう書いてあった。 「た、田上くん!?」 「やっぱり小宮くんか! 久しぶりだなあ!」  こうして、二十年の年月を経て、僕と田上くんは再会した。 「小宮くんがこっちに戻って来てるなんて思わなかったよ。こんな形で会えるなんてな」  互いに仕事が終わった後、僕と田上くんは近くの居酒屋で落ち合った。 「僕もだよ。田上くんの元の家はコンビニになってたし」 「ばあちゃんが要介護になってさ。今、両親はばあちゃんの面倒見てる。俺は一旦店を受け継いだけど、八百屋だけじゃ売り上げも知れてたんで、移転してスーパーに鞍替えしたんだ。最近やっと軌道に乗って来たところさ」 「そうなんだ……」  僕は一口レモンサワーを呑んで、言葉を絞り出した。 「……僕は、もう田上くんとは会えないかと思っていたよ」  田上くんはすっと真顔になった。 「そうか。あの事故の時っきりだったからな」 「正直、死んだかと思ってた」 「死んでてもおかしくなかったって、医者が言ってたよ。まわりの大人がすぐに救急車を呼んでくれたから良かったって」  そう言えば、あの時は公園内にも子供を遊ばせてた人がいたし、通行人だって何人もいた。そのうちの誰かが救急車を呼んだのだろう。逃げ帰る時にサイレンの音を聞いた気もする。 「……謝っておかないといけないことがあるんだ」  僕は思い切って話し始めた。あの日事故を目の当たりにして、田上くんを心配するより先に怖くなって逃げ出してしまったことを。一度語り始めると言葉はするすると出て来た。僕の中に溜まっていたあの事故に関するわだかまりが、一気にあふれ出たようだった。田上くんは、僕の言葉と謝罪を黙って聞いていた。  僕が語り終えると、田上くんは静かに言った。 「正直、二十年も前の、しかも自分が預かり知らぬことについて謝られてもな、っていうのはある」  当然だ。謝ったところで、ただの自己満足にすぎない。 「だけど、小宮くんの気持ちもわかるよ。目の前で友達が車にはねられたらパニックになるだろうし、怖くもなる。立場が逆だったら、俺だって逃げ出してたかもしれない。……小宮くんにとっても、あの事故は心の傷になってたんだろうな」  そう、なんだろう、きっと。だからこそ、記憶の中からあの時のことを追い出していたんだ。 「俺はあの事故の後かなりリハビリをしたんだが、それでも今でも少し歩くのに影響があるんだ。悩んだことも荒れたこともあったけど、どんな傷も自分で受け止めるしかないんだと、今では思ってるよ」 「……そうだな。……」  傷も記憶も、手放そうと思っても手放すことなんて出来やしない。なら、自分でしっかり受け止めるしかない。 「そういや、あの二丁目の公園。俺の幽霊が出るんだってさ」  田上くんは二杯目のビールを手に、笑いながら言った。僕は何となくドキリとして、聞き返した。 「幽霊? 君の?」 「多分、俺の事故が変な風に伝わってるんだろうな。二十年前に交通事故で亡くなった男の子が、『遊ぼう』って声をかけて来るんだと。確かにあそこで事故があったが、被害者の俺はこうやってピンピンしてるんだけどな。火のないところでも、煙って立つんだな」  僕は田上くんの話を聞きながら、考えていた。──煙が立つのは、別な火がついているからかも知れない、と。  こうしてまた会えたのも何かの縁だ、またそのうち一緒に呑もう、と約束して田上くんと別れた。ほんの少しだけ足を引きずるようにして歩く田上くんの後ろ姿は、とても力強く見えた。
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