第6章 ムラサキ(2)

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第6章 ムラサキ(2)

**************  時は戻り、紫が初めてカフェFleurに来た日の翌日。私は時間ピッタリに待ち合わせ場所に着いた。紫はもう着いていて私が来たのに気付くと手を振った。 「ごめん。ちょっと遅れた?」 「大丈夫。今日はありがとね、花崎さん」 「いいよ~そんなの。じゃ、行こっか」  私は言うと紫は私が来た方向と反対の方向に歩き出した。もう一人の待ち合わせ相手は別の場所にいるらしい。もしそいつと二人きりになってしまったら怖いと考えたのだろう。  歩くこと五分。大学の講義棟の横にそいつはいた。見た目は普通でチェックのシャツにチノパンと今時の大学生という感じだった。顔も悪くない。ただしあまりさわやかな感じではなく、どちらかというと少し陰湿な感じだった。特に目の部分がせわしなく動き、あたりをにらみ散らしているかのようで、一層暗く見えた。  事前情報のせいだろうか、その男の外見に少し嫌なものを感じてしまうのは。 「あの人だよね?紫の彼氏って」 「…うん」  一応紫に確認するが、やはりあっているようだ。  そう。私は今日ここに紫を彼氏と別れさせるために来たのだ。本来なら私だって他人の恋路にここまでずかずか踏み入ったりはしないのだが、友人を傷つけているとなると話は別だ。口も出すし、手も………。いや、手は出さないと思う。とにかく一言くらいは文句を言ってやらなければ気が済まない。 「あの!佐原さんですよね?」 「はい?」  私に声をかけられた紫の彼氏、佐原亮は私たちの方を振り返った。彼はまず私の方を見て次に紫を見た。 「紫、この人は誰だ?」 「紫の友達の花崎香織と言います。単刀直入に言います。紫と別れてください」  佐原は一瞬顔を思い切りしかめたがすぐに愛想笑いを浮かべた。 「え?いや、いきなりなんですか。なんで俺が紫と別れなきゃいけないんですか。そんなのあなたに指図されることじゃ…」 「紫から聞きました。知ってるんですよ。あなたが紫を傷つけてるって」  また顔をしかめた後、今度は険しい顔のまま私に突っかかってきた。 「ち、違う!!そんな…紫を傷つけてるわけじゃ…た、確かに時々イライラして紫に当たってしまうことはあるかもしれないけど……本当に悪いと思ってるんだよ!ちゃんと謝ってるじゃないか!なぁ、紫」  聞いてるだけでムカムカしてきた。こいつに紫の名前を呼んでほしくない。 「謝ったら何でも許されるわけじゃないでしょ!?ただのDVの言い訳じゃないですか!別れてください。今すぐに」 「そ、そんな…お、俺には紫が必要なんだよ。紫、た、頼むよ…」 「ふざけないでくださいよ。これだけ傷つけておいて」 「人の恋愛事情に口を出すなよ!当人同士の問題だろ?あんたには関係ないだろうが!」  今度は逆ギレしてきた。こいつどこまで自分勝手なんだ?ならば当人同士ではっきりさせた方がいい。私は紫を促した。 「わ、私…こんなひどい怪我してるんだよ?今まで黙ってきたけど……もうダメ。これ以上付き合ってたら本当にいつか大怪我になる!私と別れて。亮くん」 「ゆ、紫…。そ、そんな。こいつに言わされてるんだろ?なぁ紫」  紫がきっぱり言ったのに佐原はなおも紫に取りすがろうとする。どこまで最低なんだ、この男。 「いい加減にしてくださいよ!!これ以上言うなら警察呼びますよ!?」    私がそう怒鳴ってやると、やっと黙った。私たちのことを恨めし気な目で見て佐原はしぶしぶ去って行った。とりあえずこれで当初の目的は達成できたはずだが…。 「紫、これであいつがまだなんか言ってきたら私に連絡して。それか親とか警察とか。とにかく紫は自分を大切にしなきゃだめだよ。分かった?」    思った以上に最低な男だった。紫を批判するわけではないが、なぜあんなのと付き合っていられたのだろう。 「……うん。ごめんね。花崎さん」 「だからそんな謝んなくていいって。あ、そうだ。ならあそこの喫茶店でアイスでもおごってよ。さすがにFleurはちょっと遠いから無理だけど、あそこのアイスおいしいんだよねぇ」 「…ハハ。わかった。ほんとありがとね」  紫が仕方ないなぁ、みたいな感じで笑った。 「いいって。これで貸し借りなしだからさ!」
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