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「……何が?何が違うの?」
私は優しく紫にそう尋ねた。
「友達だから対等でありたいの!私は助けてもらってばっかりで花崎さんに何も返せない。そんな自分が嫌なの!私は花崎さんほど立派じゃない。男の人相手でも自分の意見をはっきり言えて、明るくて、困ってる人のことも助けてくれる。そんな花崎さんと私が対等なわけないじゃん……」
最後の方は涙があふれてきたのか尻すぼみになってしまっていた。鼻をすする音も聞こえる。
私は紫が言うようなそんな立派な人間なのだろうか。少なくとも私は自分がそんな大層な人間ではないと思っている。どこにでもいる普通の女子大生だ。そう思っている。だから私は紫の言葉が信じられなかった。
「私そんな立派な人間じゃないよ!?目の前で困ってたら助けるよ。ただそれだけのことだって、ほんと」
「…それができるのがすごいって話だよ。私は自分のことすら自分でちゃんとできないもん。こうやって大勢の人に苦労と心配させちゃってるし…」
私の言葉は逆効果だったようだ。さっきから流れが少しもよくならない。
「そんな……。なんでよ。今回のことはあの佐原が悪いでしょ?紫に付きまとったり暴力ふるったりしてさ。紫が悪いわけじゃないじゃん」
「私がもっと早く拒絶していればよかったんでしょ?それか周りに相談していればこんなことにはならなかった。そうでしょ?」
「そ、それは……」
確かにそれは紫の言う通りだ。本音を言えば私じゃなくてもいいから他の頼れる大人に相談してほしかった。
言葉に詰まった私を見て紫はふっと息を吐いて悲しそうに笑った。
「ほら。そうでしょ?花崎さんや周りの人が正しいってわかってるの。間違っているのは私の方。わかってるんだよ、そんなこと!私は自分のことも自分でちゃんとできない。周りの人はしっかりしてるのに。だから相談なんてできないよ。私が苦しんでるのは私の自業自得なの。
ねぇ何で助けるの?『助けて』って私言った?本当は私……私……。私のことなんて放っておいてほしかった!!」
ずっと我慢してきて、今しぼりだすように紫が吐き出した言葉に私はハッとしてしまった。
『放っておいてください。私には生きている資格はないんです』
『じゃあ、なんでさっき止めたんですか!?そのまま死なせてくれたらよかったのに!』
私が初めてカフェFleurに来て緑川と話した時に言った言葉だ。紫の言葉と過去の私の言葉が重なる。
あの時の言葉は本心ではなかった。けれど嘘でもなかった。と思う。あの時の私は心のどこかで本当に放っておいてほしかったのだ。
自殺なんてするほうが間違ってる。そんなのは人に言われるまでもなく、当たり前のことだ。あの時間違っていたのは私の方で正しかったのは緑川の方。そんな自分の間違いを突き付けられたら人は嫌な気分になる。『私が悪いんでしょ?それでいいから放っておいて!』って感じだろう。
「私…最近花崎さんのことを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになるの。心配かけないよう嘘ついたりしちゃって……」
最近紫に『あれからどう?』みたいなメールを送ったりしたけど『うん。大丈夫だよ』というような内容しか返ってこなかった。最初のDVの時と同じように隠していたのだろう。
置かれた状況は違うが、今の紫はあの時の私と似ている。二人とも自分が間違っていると思っている。
間違っている自分が嫌になって耐え切れないのだ。
正しくてまともな人が間違っている自分のことを助けてくれるのが申し訳なく思うのだ。
「花崎さん。私のことを心配してくれてありがとう。でももういいよ。私はあなたみたいに立派になれない。私、あなたのそばにいるのがうれしくて…とてもつらい」
ここまではっきり人にものを言ったことはないだろう。紫はどこか晴れ晴れとした表情で私と友達をやめようとしていた。
『先ほど、『花崎さん』『紫』で呼び合っていたんで一方通行の友情か、とか勘ぐってしまいましたよ』
いつか緑川が冗談交じりに言った言葉だ。今やその通りになろうとしている。
私はそんな立派な人間じゃない。誤解されている。
『観察するだけじゃわからないかもしれないじゃないですか。人間なら言葉が話せます。触れ合うことができます。一緒に笑ったり、泣いたりもできます。だから私は観察することが一番理解できることだとは思えません。話さなきゃ、感情を交わさなきゃわからないことだってあると思います』
私が緑川に言った言葉だ。私が言わなかったせいで誤解が生じている。今言わなければ。
「……私ね、弟を死なせちゃったんだ」
「…え?」
私の言葉に紫が驚いたように顔をあげた。私の目からあふれた涙が頬を伝った。
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