第6章 ムラサキ(4)

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**************  しばらく泣いた後ようやく落ち着いた私たちはカウンターに座って緑川の淹れてくれたコーヒーを飲んでいた(私のカフェラテはすっかり冷えていたがおいしかった)。  おごりです、と言って緑川はカチャリと紫の前にコーヒーを差し出した。ありがとうございます、と言って紫はコーヒーを飲んだ。今度は前腕部分をテーブルにつけていた。どうやら怪我は治ったようだ。 「…おいしい」 「光栄です」    紫の言葉に緑川が例の微妙に心がこもってない返しをした。 「さっきたくさん泣いてしまいましたからね。水分を摂ってください」  …慰めようとしているのだろうが、掘り返している時点で余計な一言に聞こえる。ほんと話下手くそだな、この人。 「なるほど。周りと比べて自分が劣っている……ですか。なんとなくわかります。私もそう思っていた時期があります。というか今もあります」  紫を交えて再度詳しく話をすると緑川は大きくうなずいた。 「そうなんですか?じゃあそれどうやって乗り越えたんですか?」  紫が食い気味に緑川に聞く。 「そうですねぇ…正確に言えば乗り越えたわけではありませんが、見方を変えるという感じでしょうか」 「見方を変える?」 「自分の周りを見下すんですよ」 「「…は!?」」    予想の斜め下を行く外道な考え方に私と紫の声が重なった。 「あ、いや。言い方が悪いですね。えーとつまり花崎さんが言っていたようなことですよ。自分がすごいと思っている人も実は大してすごくない、という感じの延長線ですかね。案外周りなんてそんなにすごくない、自分と同じか、それ以下だと。つまり自分をあげるのではなく、周りを下げるんです。そうすれば多少はましになります」    説明されてもなお納得がいかない。そういう考え方する人で成功する人いないと思う。まさに陰キャの発想だ。私だって別に陽キャではないからその考え方に百パーセント反対するわけでもないが、お勧めするのはどうかと思う。 「…そうか。そ、そうすればいいのかな…」  紫が思いつめたよう顔でつぶやく。 「えぇ。たまにニュースに馬鹿なことして報道されるような大学生とかいるでしょう?twit〇erなら炎上する人だって山ほどいる。そんな奴らより自分のほうがましでしょう?そうやって自分を………」 「ちょ、ちょ、ちょ!!店長黙って!!紫、こんな人の意見参考にしなくていいから。紫はすごい子なんだよ。そんなことしなくたって私が紫のこと大事にするから」 「こんな人って……一応私あなたの上司……まぁいいか」  思った以上にひどい意見と具体的なアドバイスを止めて紫に語りかける。結構とんでもない人だよな、この人。私は緑川についてそう再認識した。 「とまぁ、紫さんは私のことをどう思っているか知りませんが、私だってこんなろくでなしです。見た目は多少優れているかもしれませんが、暗いし、妙に偏屈だし、興味の範囲が狭いし、話下手だし。たまに相手と会話がつながらなくなりますし、何言ってるかわからん、と怒られたことだってあります。…はぁ……」  言ってるうちに落ち込んできたのか、緑川は最後にため息を吐いた。自分の言葉でダメージ受けないでほしいんだが…。 「そんな私から見たらお二人はすごい人だと思いますよ?花崎さんは私と違って明るいし、私のお店も手伝ってくれている。こんな暗い自分と一緒にいてくれている。それに弟さんの死から立ち直る強さがあります。  紫さんは美貌に優れています。ミスコン三位なんてそうそうなれるものではないでしょう?また他人のことを考えられる優しさがあります。そのせいでたまに自分を傷つけてしまうのは欠点と言えるかもしれませんがね。私なんかよりよっぽど素晴らしい」  なんか緑川からまっすぐに褒められるのって照れくさい。普段しゃべらないからだろうか。耳が赤くなっているのが自分でもよくわかる。 「そんな…いえ、花崎さんや緑川さんにそう言われてすごくうれしいんですけど…いえ、お二人のことが嫌いなわけではなく、むしろ好きなんですけど、だからこそなんというか…ここにいていいのかなっていうか……」 「ふむ。自分の居場所はここでいいのか、と?自分にそんな価値が本当にあるのか、と?」 「…そうですね。そんな感じです」  しどろもどろになった紫に緑川が助け船を出す。さっきまでの空気の読めないろくでなしの発言とは思えない。 「そうですか……そうですねぇ…ふふっ。とても価値があると思いますよ?高貴といってもいい。なにせあなたは『ムラサキ』なんですから」  含み笑いで緑川は意味ありげにそう言った。
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