第6章 ムラサキ(5)

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「そういえば紫さん、趣味で裁縫をやると聞きましたが、本当ですか?」  ひとしきり笑った後緑川が紫に聞いた。 「え?えぇ最近はやってませんけど…私言いましたっけ?」 「え?…あぁそうか、花崎さんから聞いたんでしたね。すみません」  そう言えば前に紫のことについて聞かれた時、そんなことを話したな。 「そうですね。色々自分で服とか色々作ってましたよ。まぁそんなにうまくないのであまり着たことはないですけどね」 「ふむ。では少々お待ちください」  そう言って彼は階段を上がって二階に行ってしまった。物音が色々聞こえていてしばらく戻ってこなそうだったのでその間に最近あったことを紫に話した。 「え?あの事件に花崎さんかかわってたの?すごい大事件だったじゃん」 「まぁね。自分でもびっくりだよ」  そう。ここ二日間でトリカブトの事件は世間を騒がせていた。なにせ七人もの人間が危うく毒殺されかけたのだ。犯人の狂気性も相まって結構な騒ぎになっていた。私の名前は出なかったのでマスコミに追い回されるということもなく、私はいつも通りを過ごしている。  そうして話すこと十分。ようやく緑川が戻ってきた。 「すみません。お待たせしました。これを探していまして」  彼が手に持っていたのは紫色の反物だった。 「これは…?」 「これは先ほど話したムラサキを使って染めた染物です。これを紫さんにプレゼントしようかと」  そう言って緑川はキッチンからカウンター側に移動してきた。 「いいんですか?高級品なんでしょ?」 「えぇ。ムラサキの根に含まれるシコニンという物質が紫色の染料になるのですが、今では合成することができるようになりましたからね。ムラサキから染めるものというのはかなり貴重というか贅沢というか…そういうものです。これはある地域の村おこしのために育てたムラサキで染物をしようというイベントの手伝いに行ったときにもらったものです。正直私にはもったいないのですが、折角だからともらった次第です。受け取ってください。使われた方がこの染物も喜ぶでしょう」  そう言って緑川は紫に反物を渡す。紫が少し反物を広げる。その布地はなめらかでその紫色は他の紫色と比べてどことなく上品で、どこか吸い込まれそうなほど深い紫色だった。 「すごい……」 「これは勘ですがこの色は紫さんに似合いそうですね。上品で鮮やかで」  紫がつぶやくと緑川がそう言った。またサラッといいことを……。  紫は少し赤くなってうつむいた。 「先ほど私の意見というかアドバイスを言いましたが、もう一つ考え方があります」  唐突に緑川は話を変えた。今度はひどい意見じゃないだろうな?私は少し身構えた。 「自分と他人は違う。だから自分のできないことができる他人が優れているように見える。ならば逆もまた然り。自分は他人にはできないことができる。他人より優れているところがある。そう考えるのもありだと思います」  …まともな意見で少し感心してしまった。というか最初からこっち言えよ!また私は心の中でツッコんでしまった。 「例えば…花崎さん、花崎さんは裁縫とかできるんですか?」  また唐突に緑川が話しかけてきた。 「いえ、全然。家庭科の授業で精一杯です」 「私もです。ほとんどやったことがありません。しかし紫さんはできる。ほら、一つ見つかったでしょ?優れている所。二度しか会っていない私でもあなたのいいところが見つかるぐらいです。素晴らしい人だと思います。  よければまたここに来てください。このカフェが、ムラサキのあなたが咲く場所になれれば、と思います」  彼はそう言って優しく笑った。
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