第7章 ヒガンバナ(3)

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**************  そして四十九日が終わった翌日の日曜日。家の片づけもある程度終わり、四十九日の準備で忙しかった両親がこのカフェに来たのだ。 「香織、話したのか?そのこと」 「い、いや。話してないよ。週末休みますって伝えただけで…」 「ならなんでわかったんですか?良介の四十九日だって」  お母さんが私たちを代表して緑川に聞いた。 「え?いや、だって弟さんが亡くなったのは七月の終わりごろだから四十九日は大体九月の前半。四十九日は普通休日に行うものですから一週目か二週目の土日になるでしょ?先週はオフ会があったので今週かな、と思っただけですけど……」  何でそんなに驚いているのかわからない様子で不思議そうに緑川が言う。 「でも良介が亡くなった日言いましたっけ?」 「は…香織さんも言っていたように葬式は大体四日間開かれますからね。それに死後腐敗しないように葬式は死亡宣告が行われた後に間を開けずやるものでしょう?なので大体四、五日、私とあなたが出会った日からさかのぼればわかりますよ?」  こともなげに緑川がそう言った。 「で、でもそれだけですか?だったら休むのは別の用事かもしれないじゃないですか」 「確かにそうですね。でもは…香織さん一週間前のシフトで金曜日から休みますって言ったでしょ?それにこの間、水曜日に会った時も別れ際に『金曜日からしばらく休みます』と言ったじゃないですか。いつもはそこまで言わないのに、再度言うということはその用事が大切なものではないのか、と思った次第です。それにご両親が来ていることも一つの理由です」 「?どういうことです?」 「先ほど花…えーと、香織さんのお父さんが『もっと早くに伺いたかったけど何分忙しかったもので…』と言っていたじゃないですか。つまり今は忙しくなくなったということ。四十九日は仕事や家事の合間にお坊さんや必要物の手配で忙しいですからね。四十九日が終わったから忙しくなくなったんじゃないか、というのは無理な推理ではないと思うのです」    緑川の推理が終わってもだれも何も言わなかった。 「あ、あの…えっと…間違ってますか?」 「………いえ」 「………あってます」  遠慮がちに緑川がお伺いを立てるが、うちの両親は二人とも驚いているのか短い返事しかしなかった。代わりに私が話を進める。 「さすがですね、店長。ちなみに今日が四十九日だったって可能性は考えなかったんですか?」 「えぇ。三人とも喪服じゃありませんし、線香の匂いもしません。四十九日が終わって着替えてシャワーを浴びて…と考えるとかなり無理があるかな、と」  四十九日の法要って意外と長いですからね、と最後に緑川が付け足した。相変わらずの推理力だ。いや言われてみれば確かにそうなのだが、いきなりサラッと言われるとびっくりする。 「すごい頭いいんですね…」  ようやくお母さんが驚きから立ち直り、緑川に話しかけた。 「?そうですか?普通…じゃないですか?」  緑川はまた何でそんなに驚いているのかわからない、というような顔をしている。この人鋭いのか鈍いのかまったく分からない…。 「あ、あと…すみません、一ついいですか?」 「なんですか?」  緑川が少し恥ずかしそうに小さく手を挙げた。 「香織さんのことやっぱり『花崎さん』って呼んでいいですか?さっきから違和感がすごくて…。ご両親のことは『昇平さん』『凛子さん』って呼ぶので…」 「……はいはい。それでいいですよ」  …名前で呼ばれるの新鮮だったけど確かに違和感がすごい。何度も言い淀んでいたし、こちらのほうが彼らしい。
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