第7章 ヒガンバナ(3)

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「あ、そうだ、店長聞きたかったんですけどヒガンバナって葉っぱないんですか?なんか見たことないような気がして…」  私は昨日四十九日の朝にヒガンバナを見た時に思ったことを尋ねた。すると彼は目を丸くした。 「ほう。よく気づきましたね、葉がないこと」 「いやそりゃ気づきますよ。当たり前でしょ」  なんか今日私のこと舐めてないか?この人。 「あ、いやそういう意味じゃなかったんですが……あー…ま、いっか」  勝手に自己完結して納得(諦め?)したみたいだ。 「で、えっと葉があるかどうかですか?」 「はい」 「確かに葉がない植物というのは多数存在します。植物に寄生する植物や菌と共生する植物などがそうですね。植物に寄生する植物は寄生植物、菌と共生する植物は腐生植物と言います。しかしヒガンバナはそれらには当てはまりません。ちゃんと葉はあります。さてどこにあると思いますか?」  緑川がいたずらっ子のような笑顔で聞いてきた。…笑顔かわいい。 「見えないくらい小さいとか?」 「いいえ、ちゃんと見えます」 「茎と一体化してるとか」 「さすがにそれはありませんよ」  私の両親の答えに緑川は苦笑した。 「んーわかりません。どこにあるんですか?」  私は二人と違ってあっさり降参した。緑川はにやりと笑って 「実はヒガンバナは花が終わった後に葉を出すんですよ」  と答えた。 「…そんなのありですか?」 「ヒガンバナに言ってください。私のせいじゃないですよ」  肩をすくめて彼はそう言った。…なんかずるい。 「まぁ確かに少し珍しいですね、こういう生態は。でも桜にも葉を出すより先に花を咲かせるものがあります。ソメイヨシノなんかがそうですね」  ソメイヨシノって一番多い桜じゃなかったか?あれもそうなんだ…。 「花が終わった後に葉を出してそのまま冬を越し、栄養を鱗茎に蓄えるんです。そして春になると葉が枯れ、秋になるとその貯めた栄養で花を咲かせる、というサイクルなわけです。葉と花が同時に現れないことから『葉見ず花見ず(はみずはなみず)』という別名もあるんですよ」  なるほど。身近な花なのに知らないことばっかりだった。勉強になるな、と思った(役に立つかどうかは別として)。 「ヒガンバナが慕われる理由はそれもあるかもしれませんね。彼岸のころ毒毒しいともいえるほどの真っ赤な花を葉も出さずにいきなり咲かせる。そして花が終わった後に葉を出す。光合成する努力を見せないというか、日本人らしい見栄を張るというか、風流というか……私はそんな風に感じます」  独特の感性を最後に言い添えて花講義は終わった。この間のムラサキと比べると少ないとか思ってしまう。
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