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第7章 ヒガンバナ(4)
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「いや、私も大人というほどではないというか…年齢的には花崎さんに近いんですが………」
緑川がそうツッコんだが、それは誰にも拾われず、店の中には香織の両親と緑川の三人になった。
えぇ…苦手なんだけどなぁ…こういうの。
彼は心の中でそうつぶやいた。
「緑川さん」
「はい、なんでしょうか?」
昇平に声をかけられ、緑川は愛想笑いを浮かべた。
雰囲気悪くならないようにしないと……。
「娘を助けていただき、ありがとうございました」
「……へ?」
緑川の前で昇平と凛子が立ち上がり、深々と頭を下げた。
もしかして自殺を止めたことだろうか。いやでも違う可能性があるし、とりあえずここはとぼけておくか。彼は心の中でそう判断する。
「な、何のことです?私は別に何も……むしろ私のほうが…」
「香織…早まったことをしようとしたんでしょう?そこを緑川さんが助けたんですよね?」
「あー…早まったことというと…自殺、ということでしょうか?」
「はい」
一応確認してやっとそのことか、と彼は確信した。
「……娘さんからお聞きになったんですか?」
「いえ。あの子は落ち込んでたところを助けてもらったって言っただけです。ですから、本来なら一番にお礼を言わなければならなかったんですが、娘の手前言い出せませんでした」
「ならなぜ自殺のことを…」
「娘ですから。わかりますよ」
緑川の問いかけに昇平が悲しそうに笑って答えた。そんなもんなのだろうか?自分にはわからないな、と彼は思った。
「あの日、葬儀が終わった日、私たちも疲れと悲しみで娘にまで気を遣う余裕がなくて…気が付いたら家にいないものですから、心臓が止まるかと思いましたよ」
「ほんとにね。考えてみればあの子が一番つらいってすぐわかるはずなのに…母親失格ですね」
なんといえばいいかわからなかったので緑川は黙って話を聞くことにした。
「香織の心情なら命を絶とうとするかもしれない、と気が気じゃありませんでしたよ。香織は弟をかわいがっていましたからね……。電話にも全くでないし…」
「あの数時間は本当に怖い時間でした。交番に行ったり、近所の人に声をかけたりして…。まさかこんな遠いところにいるなんて…」
その時のことを思い出したのか、凛子の目には涙が浮かんでいる。
「……す、すみません。私もあの時はどうすればいいかわからなかったもので……一歩間違えれば誘拐だったな、と反省してます」
あの時は初めての経験で完全に戸惑っていた。交番とかに連れて行くべきだったのだろうが……。
「娘を助けていただいて、娘と仲良くしていただいて本当にありがとうございます」
「…本当に大したことしてないですよ、私」
フッと自嘲気味に緑川は笑った。
「娘さん、警報機が鳴る踏切に立っていましてね。どこかうつろな顔をしていましたね。それで慌てて踏切から連れ出したんですよ。で、そのまま泣いてしまうものですから、この店に。本当は交番にでも連れて行くべきだったんでしょうけどね」
「いえ、そんな助けていただいただけでも……」
「違うんですよ」
凛子の言葉を緑川は遮った。
「私は娘さんの自殺を止めたわけじゃありません。自分の目の前で人が死ぬのが嫌だったから止めただけです。正直私の目の前以外でならどこで死んだってかまいませんでした」
目の前の二人が驚いたような顔をするのが見えた。
「ですから、私にお礼なんて言わないでください。娘さんの自殺を止めたのは娘さん自身です。私は私のやりたいようにやっただけですから」
世辞でも謙遜でもなんでもない。彼の本心だった。
「…それでも結果的に娘を助けていただいたのは事実です。こちらも勝手にお礼を言わせてもらいます」
優しく笑いながらそう言って二人は再び頭を下げた。娘が死んだってかまわない、とほざいた人間にも真摯に頭を下げる。その姿が自分と一緒にいてくれる香織と彼の中で重なった。やっぱり親子なんだな、となんとなく彼はそう思った。
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