第7章 ヒガンバナ(4)

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「それにしてもヒガンバナにそんな生態があったとは知りませんでしたよ」  緑川がレジで会計をしていると昇平がそんなことを言った。レジの隅のヒガンバナが再び目に入ったのだろう。 「花が終わった後に葉を出す。花だけ見せようとするなんて意外と見栄っ張りなんですねぇ」 「そうですね、努力しているところを見せないようにするというか、カッコつけというか……」  緑川自身もどう表現すればいいかわからなかった。 「…あの子も少し似たところがあるんです」  ポツリと凛子がつぶやいた。 「香織、四十九日の時、時々つらそうな顔をしてたんです。私たちやみんなと話す時は笑顔だったんですけど。葬式の時もそうでした。あまり取り乱してなくて、でも本当は誰よりも悩んでて…。私たちに心配かけまいとしてたんでしょうね……」  寂しそうに凛子はそう言った。 「そうですか……。私とも少し似ていますね」 「え?」 「あぁ、いや、私もそういう時期がありまして…というか今もそうですかね。周りに心配かけたくないというか、頼ろうとしないというか…。と言っても私の場合は『これくらい自分でできるし!!』みたいな幼稚なプライドが原因ですけどね。ふふっ」  そう言って彼は苦笑した。 「…でも最近は香織だいぶ元気になってきてるんですよ」 「え?」 「良介が死んで葬式の間中、香織ずっと暗かったんです。でもあの日あなたに会った後は少し顔が明るくなってたんです。カウンセリングも受けさせましたけどあなたに会ったことが一番効いたようです。その後も一人暮らしを続けたいって珍しくわがまま言って……。多分あなたに会いたかったでんすよ?あの子。時々電話するんですけどあなたの話ばっかりするし」 「そんな…考えすぎですよ。私は本当に自殺を物理的に止めただけなので……」  まさか自分が香織にそこまでの影響を与えているわけがない。緑川は本気でそう思っていた。 「これからも娘をよろしくお願いします」  昇平がそう言って三度頭を下げた。 「…はい。こちらこそよろしくお願いします」  よろしくお願いします、と頭を下げるべきなのはこちらだけなのに。そう思いながら彼も頭を下げた。  そして二人が店を出ると、彼は大きく息を吐いた。 「ふぅぅ……疲れた……」  彼は初対面の人と話すのは苦手ではあるが、特に年上の人とは苦手だった。自分より上の人という認識があるため、より気を使わなければいけない、と思っているからだ。  そのまま近くのテーブル席に座り込む。そしてさっきの会話を反芻する。  さっき緑川が香織と自分がヒガンバナに似ていると言ったのにはもう一つ理由があったりする。紫も周りに心配かけまいとしているという点で似ていたが、そのもう一つの理由から無意識に省いていた。彼は立ち上がってレジに近づき、ヒガンバナを花瓶から一輪抜き取った。 「彼岸の花……か。死を選ぼうとした私たちにはお似合いの花ですねぇ、花崎さん?  …なんてね。ふふっ」  彼はヒガンバナを弄びながら一人そうつぶやくのだった。
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