第7章 ヒガンバナ(4)

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―――――――――――――――  遅いなぁ。    車の中で私は両親を待っていた。何話してるのかすごく気になる。あなたから見て娘は好みのタイプですか?とか聞かれてたら嫌だなぁ…。  暇だったのでスマホでヒガンバナを調べてみた。確かにさっき緑川が話したようなことが載っている。ふと『ヒガンバナの花言葉』というサイトが目に入った。さっき彼はヒガンバナの花言葉を言っていなかった。いや今までも彼が花言葉を言ったことはなかった気がする。なんでだろう?とりあえず私はそのサイトをタップしてみた。ヒガンバナの花言葉は……。 「情熱、独立、再会、あきらめ、悲しい思い出、旅情……ふぅん、いっぱいあるんだなぁ」  私は一人そうつぶやいた。悲しい思い出、か。  ゴツンと車の窓に額を軽くぶつけ、私はあの日のことを思い出した。  緑川に自殺を止められ、家に帰った日。玄関には二人がいて私のことを待ってくれていた。お母さんは私の姿を見るや否や走って抱きついた。 「よかった……無事で…」  …本当に心配かけてしまった。  そして家に入ってキッチンでいきさつを話した。さすがに自殺しようとしたことは話せず、一人になりたくて前に見つけたカフェに行っていた、とごまかした。  そして怖くて聞けなかったことを思い切って聞いてみた。 「ねぇ、私のこと…どう思ってる?………憎いって…思ってる?」  言うのはすごく勇気が必要だった。反射的に手をぎゅっと握りしめた。手のひらにはひどく汗をかいていた。心臓がうるさかった。大して食べてもいないのに吐き気がひどかった。 「…ほら、香織。こっち来なさい」  顔を上げるとお母さんがソファに座って手招きしていた。  言われるがまま私はそちらへ行った。  ぽふっと。お母さんに頭を抱き寄せられた。 「ね~んね~んころりよ~おころりよ~かおりはよいこだ~ねんねしな~……」  よくある子守歌が聞こえてきた。そういえば私と良介は小学生になっても甘えんぼで寝る前によくこうして歌ってもらってたっけ…懐かしいな…。  そして二人で聞くことはもうないんだと思い出してまた辛くなってしまった。 「確かに良介が死んでお母さんも悲しい。もうあの子に会えないんだって思うと辛い」  お母さんがそう言っているのが聞こえ、胸が痛んだ。 「でもね。香織、あんたも私の子なのよ?」  私はハッとしてしまった。優しく頭をなでられていた。 「あんたが生きててよかった。良介の分まで生きて。お願い」  そう、優しく言われてしまった。  限界だった。さっき泣いたのにまた涙が出てきた。  頭をなでられながら今度は背中をさすられた。お母さんの手のは私の肩と頭にあるはず。振り返るとお父さんが背中をさすっていた。 「ため込むな。吐き出しなさい」  その言葉でついに大泣きしてしまった。ご近所迷惑だったろうな、とか、今日一日でどんだけ泣くんだ、とか思ったのは泣きつかれて眠ってしまった後に思ったことだった。  二人には私が自殺しようとしたことわかったのかもしれないな。車で一人待っている私はぼんやりそう思った。いつかちゃんと言わなきゃな…。  その時、車のドアがガチャっと開いた。 「香織、待たせたな」  お父さんが運転席に乗り込みながらそう言った。 「もう、遅いよ。何話してたの?」 「ふふっ。秘密よ」  助手席に座りながらお母さんがウインクしてそう言った。その仕草はおばさんがやるときついな…。 「じゃあ帰るか。香織はいつまで家にいるつもりだい?」 「うーん。二~三日はゆっくりするよ。この一週間忙しかったし。良介にもしっかり挨拶しないとだし」 「そうね。これで少し落ち着くかしらね。帰りどこかで食べていく?」 「あ、いいね、それ。私ラーメン食べたい!」 「香織…。女がラーメン食べたいなんて大声で言って…」 「何よ、お父さん。いいじゃん。女がラーメン食べたいって言っても。大体お父さんは少し考え方が古いんだよ」 「そうよ、お父さん。私もラーメン食べたいわ」 「わかった、わかった。じゃあラーメンどこか食べに行くか」  私たち家族三人はようやく少し前を向いてそんな会話を交わすのだった。
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