第8章 ススキ・ヨモギ(5)

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第8章 ススキ・ヨモギ(5)

************** 「店長、乾杯~」 「…はいはい、乾杯、乾杯」  時刻は零時。紫は飲みすぎて眠くなったのか一階の控室のソファで横になっている。立木は熱燗を作る、と言って日下を引っ張って下に行ってしまった。今ウッドデッキには私と緑川の二人しかいない。  あれから少し酔いがさめた。とはいえ、まだ頭がふわふわする。いい気分だ。さっきまで紫に絡んでいた私は一人で壁にもたれかかっている緑川に絡みに来た。彼も結構酔っているようで顔が赤く、反応が鈍いというか、動作がワンテンポ遅れるといった感じだ。常に口元が緩んでいる。…かわいい。 「ほどほどにしといたほうがいいですよ?花崎さん」 「いやぁ、この日本酒がおいしくて」  私は盃を空にしてそう言った。ちなみにこの盃はさっき店から持ってきたものだ。カフェにこんな器必要なのだろうか? 「そうですか。甘口のいい日本酒ですね。私は辛口の方が好きですね。のどが熱くなるのと辛味がマッチしていい感じなんですよ」 「ありゃ?店長と好みが別れちゃいましたね~」 「そうですね」  そう言ってまた壁にもたれかかった。私も壁にもたれかかった。そこから少し無言。前はこの時間が気まずかったっけ。私はぼんやり思い出した。別にしゃべってもしゃべらなくてもどっちでもいい。しゃべりたくなったら適当に。  うん。気楽だ。私は心からそう思った。  正面にはきれいな満月が浮かんでいる。久しぶりに月を見た気がする。都会では夜景で月や星が綺麗に見えないと聞くが、田舎はそんなことはなく、月も星もよく見える。静かだから庭の虫の声がよく聞こえる。風が吹いてススキがざわざわ揺れる音がした。いい雰囲気だなぁ、と盃を傾けながらしみじみと思う。そして私はこの夏休みを振り返った。  この夏休みは今までの人生で一番長くて一番悲しくて一番楽しくて一番濃く感じた。とにかく刺激的だった。いい意味でも悪い意味でも。そろそろ九月も終わり、大学が始まる。やっとこの夏休みが終わるのだ。 「店長、月見てるんですか~?」  少し感傷的になってしまった私は気持ちを切り替えるつもりで隣の緑川に雑談を振った。 「え?えぇ、まぁ。綺麗な月ですよねぇ」  …あれ?今のって……。私の心臓が大きく跳ねる。 「でも月が明るくて周囲の星が見えにくくなっています。なんか人気者と凡人みたいな関係だなと思いました」  …私のドキドキを返してほしい。あとめちゃくちゃひねくれたこと考えてた。
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