第8章 ススキ・ヨモギ(5)

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「…ほんと元気なようでなによりです。よかった」  胸に手を当てて心臓のドキドキを鎮めようとしていたらふいに緑川がそう言った。 「え?怪我ならしてませんけど」 「いえ。初めて会った時と比べてです。死にたくなくなったようですね」 「………」  いきなり言われた私は何と言えばいいかわからず、何も返せなかった。 「さっき階段から落ちた時、受け身を取ろうとしていたでしょ?うつ気味の人は体の反応も鈍くなってしまいますからね。それにこのウッドデッキの端とか歩くときは柵に手をかけていました。落ちたくないと思っている証拠です。まぁここから落ちたくらいじゃ死にませんけどね。  いやでもそれを言うならオフ会の時、山歩きもしっかりしてたし、今更って感じか?あの夕食の時もすぐに吐き出してたし死にたくないというのは結構前からだったか……?えーとほかには……」    …推理を話しながら後半独り言になっている。 「…どうなんだろ。私生きたいのかな。四十九日終わって少し気持ちの整理がついた感じがします。でも時々死にたくなります。心が苦しくなるんです」  緑川の独り言に合わせて私も独り言とも返答ともいえる言葉を紡ぐ。確かに衝動的に死を選ぶことはなくなったけど…。 「おや?推理が外れましたかね?それでも前よりかは元気になったようでよかったです」  独り言から戻った彼はさっきと同じことを言った。  別に彼の推理は外れていない。罪悪感で苦しんでも死を考えることはほぼなくなった。生きるのが楽しくなった。それは間違いない。緑川だけじゃない。両親やこのカフェの面々のおかげだ。  ふと、前々から思っていたことをぶつけてみたくなった。酒も入って口が回るこの状況位でしか言えない。 「ねぇ、店長」 「はい、なんです?」  酒瓶から酒を注いでいる彼に呼びかけてみた。 「店長も私と同じような経験あるんですよね?大切な人を死なせて死にたくなった経験が」  彼は酒を注いだ盃を片手にワンテンポ遅れて首をこちらに向けてきた。口元に軽く笑みを浮かべて。
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