第8章 ススキ・ヨモギ(6)

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第8章 ススキ・ヨモギ(6)

************** 「とはいえ、大した話じゃありませんけどね。前にも言ったと思いますが、私は大学、正確には大学と大学院で植物の多様性に関する研究をしていましてね。あのころは忙しくて大変だったけど楽しかった。それで進路どうするか、と考え始めてふと気づいたんですよ。自分は一体何がしたいんだろう、とね。  そのまま大学に残って研究者をめざそうにもそれで食っていく覚悟はないし、天才でもない。そこまで努力したわけでもない。植物が好きでしたが、それで食っていけるわけでもない。社会に出ても何かしたいわけでもない。どんなに考えてもわかりませんでした。一応就活とかもしましたが、何分しゃべるのも苦手だし、どうしても入りたいってわけでもないから受からない。散々色々な人に言われましたよ。『お前はもう少し言葉を話すようにしろ』『黙ってるだけじゃわからない』とね」  前に私が言った『観察するだけじゃわからない。言葉を交わさなければ』という言葉に動揺したのはそれが理由だったのか。 「結局就活は全滅。道は就職浪人か大学に残るか。大学に残ってみるかと思い始めたころ、両親が亡くなりました。交通事故です」  私は思わず顔を上げた。さっきまでと変わらない口元に笑みを浮かべる彼の顔が見えた。 「初めての葬式で私もかなり大変でした。立木さんや他の親戚の方に手伝ってもらいまして。何とか葬式や四十九日などを終わらせることができました。ですが、両親からの支援が無くなったわけで。一応先祖の遺産があるのでそこまでお金に苦労していたわけではありませんけどね。今もそうです。あまり流行ってなくても生活できているのはそういうわけです。  …話がずれましたね。まぁそんなわけで就活で心がボロボロになったころに大切な人を亡くしてしまった私はすっかり病んでしまいましてね。自殺を考えるようになったわけです」 「…就活ってそんなに大変なんですか?」 「んー…人にもよるでしょうが、私はとにかくつらかったです。目的もはっきりしないままなので他の人たちにかなわないんですよ。それに私お世辞や嘘…社交辞令ってやつですかね、そういうのが苦手なので…。よくわからない会社への情熱を示すなんてできないんですよね…。あと落ちまくると自分の存在意義が揺らぎます。『お前なんかいらない』と言われているようで結構効きますよ?」  私の質問に彼は寂しそうに笑ってそう言った。 「まぁそんなわけで自殺しようとしたわけです。大学も結局やめてしまいました。なんか…もう…疲れてしまいましてね。ドアの外側のノブにロープをひっかけてドアの上を通し、首を吊ろうとしました。やはり自殺するなら私は首吊りですね。ここは花崎さんとは違いますね」  そう言って彼はふふっ、と笑った。彼なりのブラックユーモアだろうか。 「で、そこを立木さんに助けてもらいました。そこからはしばらく立木さんの家で過ごして、バイトやらなんやらで食いつないでいました。一応精神科にも通院してましたね。  そしてそこから一年位前に自立してこのカフェに来ました。祖父が経営していたんですよ、このカフェ。なので改装もほとんど必要なく、掃除くらいで開業できるような状態になりました。とはいえ、客もほとんど来ず、ほぼ引きこもりのような状態でした。結局私は誰かの金で自堕落に生活する人間になっていたわけです。毎日死にたい気持ちと戦っています」 「店長カッコいいじゃないですか。それ目当てで来る人だって…」  いたたまれなくなり、少し反論してみた。 「…ありがとうございます。しかし不愛想ですからねぇ。あまり来てくれる人はいなかったんですよ」  これで話は終わりです、と彼はそう締めくくった。
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