第8章 ススキ・ヨモギ(6)

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   …重い。予想以上に重い話の連続で私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。いくら酔っていたとはいえ、やはり不用意に踏み込むべきではなかった。 「すみません。ほんとに」  私は素直に謝った、本当に申し訳ない…。 「…あぁまだ話終わってませんでした」 「え?」  頭を下げた私に緑川がそう言った。 「引きこもり状態で暗鬱とした日々を過ごしていた私ですが、そんな時に出会ったのが花崎さん、あなたです」  緑川がまっすぐこっちを見てきた。 「私と同じように自殺しようとしていたあなたをつい、助けてしまいました。あなたの事情も考えずに」  …まだあの時のことを申し訳なく思っているのか?まったく頑固というか、鈍いというか…。 「店長」 「…はい?」 「まだちゃんと言ってませんでしたね。あの時、あの踏切で、私を助けてくれて、本当にありがとうございました」  そう言って私はまた頭を下げた。今度はお礼という意味で。今更だなぁ、と私は思った。あれから二か月経ってようやくちゃんとお礼が言えた。遅すぎる。 「ふっふっふっふっふっふ……」  笑い声がして顔を上げると緑川は笑っていた。何かおかしいことを言っただろうか? 「そうですか。そりゃよかった」  そう言って今度は水をグイッと飲んだ。さすがに酒はもう飲めないのかな?代わりに私は自分の盃に酒を注ぐ。 「話は飛びますが、トリカブトの事件の時に午前中高原を散策しましたよね?」 「え?えぇ…」  いきなりの話の飛びように私は一瞬戸惑った。 「あの時、石川さんにノコンギクだと教えられたとき、花崎さんノコンギクじゃないんじゃないか、って言ってましたよね?」 「………あー、そういえばありましたね、そんなこと」  なんせあの後、大事件が起きたのですっかり忘れていた。確かにそんなこともあったな。 「…確か結局……何だっけ、あの、あれ。ユウガギク、っていうのでしたっけ?」 「…はい。そうですね」  緑川が一瞬目を少し大きくして柔らかく笑った。…笑顔かわいい。 「私が勉強してきた植物のことってね、普通の人にとってはどーでもいいことなんですよ。別にそんなもん知らなくたって生きていける。見分けられなくったっていい。生理学の分野とかなら人体にも有効な成分が見つかったりして注目されやすいですけどね」  そんなもんなんだろうか。大学でやってることなんてほとんど成果出にくいものばかりだろう。そこまで卑下するものでもないと思うけどなぁ。 「で、研究室でも教えてもなかなかそういうの覚えてくれる人いなくて…。私のやってることなんて価値がないのかな、なんて思っちゃってたんですよね。それも自殺を考えるようになった要因の一つです」    …また少し話が重い。 「あの時、花崎さんノコンギクじゃないってわかったじゃないですか?あれ、すごい嬉しかったんですよ?私が好きなものを覚えていてくれているんだな、って。興味をもってくれているんだな、って。なんか救われた気がしたんです。そのほかにもちゃんと私の教えたこと、覚えててくれたりして…。ヒガンバナに葉がないことにも気づいてくれたし、今もユウガギクだって覚えててくれて…。  他にもこの店にバイトに来てくれたり、私と会話してくれたり、私を褒めてくれたり、一緒にいてくれたりして…」  …感謝のハードルがどれもすごく低いんだけど……。 「最初に助けたのは私かもしれませんが、私の方がずっとあなたに助けられっぱなしで救われっぱなしです。ありがとうございます。本当に…」  そう言って緑川は頭を下げた。  何と言われようと助けてもらっているのは私だろう。だが彼はそうは思っていないらしい。客観的に見ても助けてもらってるの私の方だと思うんだけどなぁ…。相変わらず変わった人だ。
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