第8章 ススキ・ヨモギ(6)

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   私の高校は女子高で思春期の時期に男とあまり触れずに育った。周りにも男と付き合ってる人はあまりいなかったと思う(まぁ百合百合したイケない関係は何度か目にしたが…)。  そして大学生になった今でもやはり男と遊びにいくことはほとんどなかった。だから男に対してはあまり免疫がない。せいぜい妄想くらいだ。トリカブトの事件で鼻血をふいたのはそういう事情もある。初恋も多分まだの私には恋というものがなんなのかよくわかっていない。  今、私はよくわからない気持ちだ。緊張して今すぐこの場から離れたいような、けどこの人のそばにもっといたいような。一挙手一動にドキドキするような。  多分これが恋愛感情というものなのだろう。いやそれ以前にも。笑顔をかわいいと思ったり、胸がキュンとしたり、もっとその人のこと知りたいと思ったり。これも恋心だったんだろうなぁ。  しかし酒の席でよかった。今は顔を隠しているが元々顔が赤いので別の要因で赤くなってもごまかせる。 「ん?なんか急に耳赤くなってますね?どうしました?」  …ごまかせなかった。これはヤバい。私は慌てて顔を上げる。 「いやいやいや!あ、あれです。いきなりそんなこと改まって言われたら恥ずかしいでしょ!」 「…まぁ確かにそうですね。私も素面でこんなこと言えませんからね。でも私の気持ちです。言えてよかった」  どうやら私のごまかしに納得してくれたらしい。ふぅ…。  っていうかさっきの言葉ってどういう意味!?私のこと好きなの?好きじゃないの?聞きたいけど聞けない……。  私は芽生えた恋心を自覚して完全に戸惑っていた。  そこでふと別の方向に思考がそれた。  私の恋は一体どんな花を咲かせるのだろうか。  オトギリソウのような悲しい謂れをもつ花だろうか。  ヘクソカズラやハキダメギクのような汚名をもつかわいい花だろうか。  ワレモコウのような一見地味に見える赤紅色の花だろうか。  オヤマボクチのような枯れたように見える豪快な花だろうか。  トリカブトのような青い毒花だろうか。  アヤメやショウブのようなややこしい名前の花だろうか。  ムラサキのような高貴な花だろうか。  ヒガンバナのような不吉な赤い毒花だろうか。    ここまで考えてそういえば彼はどんな花が好きなのだろうか、と疑問に思った。色々花の話をしてきたが、聞いたことがない気がする。 「ねぇ、店長。店長はどんな花が好きなんですか?やっぱ派手な花ですか?」 「んー…特にこれといった特定の花が好きということはないですかねぇ。もちろん見栄えのするきれいな花の方がいいですが、地味な花もまた好きです。私、どうやら結構他の人と違っているようなので普通の人が注目しないような花にも愛着がわくんですよ」  …今更変わり者の自覚が出てきたのかな? 「例えばさっき飾ったススキやヨモギもそうです。ススキは花としては地味というよりどれが花なんですか?といわれるほどですが、その白い穂が美しく、昔から日本人を魅了しています。秋の七草にも選ばれているほどです。特にこういう月夜の夜とススキの構図は有名ですよ。ヨモギだって花が地味ですが、ヨモギの葉といえばおいしい山菜、という認識は世間で浸透しています。花が地味だっていいじゃないですか。そう思いません?」 「…どうですかね。私はやっぱりきれいな花の方が好きですよ」 「あらら、また好みが食い違っちゃいましたねぇ」  私たちはお互いに見合って吹き出してしまった。うん、やっぱりこの人予想ができない変わり者だ。でも、この人ならどんな花でも受け入れてくれそうだ。私の恋の花が地味でも。どんな花が咲くのだろう。楽しみだ。初めての恋。大切に、大切に。今はこのまま。この人の隣で。
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