第8章 ススキ・ヨモギ(おまけ)

1/1
前へ
/177ページ
次へ

第8章 ススキ・ヨモギ(おまけ)

――――――――――――――― 「お、話は終わったみたいだな」  そう言って日下がそっと窓を開けてウッドデッキに入ってきた。緑川が振り返る。香織は緑川に寄りかかって眠っている。 「あぁ。二人きりにしてくれてありがとな」 「あ、やっぱ気づいてたか」 「俺が自分の事を話してた時、かすかに階段上がる音がしたからな。そのまま誰か来るかもと思ってたが、来なかったし。お前だけ?」 「いや、俺もだよ」  そう言って今度は立木が入ってきた。熱燗のセットを持っている。 「随分仲良くなったもんだな。っていうか花崎さんにそんな重い過去があったとはな…」 「そういえば立木さんにはまだ花崎さんの弟さんの事故のこと話してませんでしたっけ」 「あぁ。ニュースで事故の事は知ってたが、名前は出ていなかったし、俺の担当でもなかったからな」 「ま、お前らを二人にするために軽く事情を話したんだよ。香織ちゃんには後で謝っとかなきゃな」  日下がそう言って香織を見る。当の本人は眠っていて反応はない。 「で、樹、どんなことを話してたんだ?」  立木が盃を傾けながらそう聞いた。 「聞いてたんじゃないんですか?」 「んな細かく聞こえるかよ。すぐ引き返したし」 「…まぁ大学の事と自殺しようとしたこと、両親が死んだこと…かな」  あとは日ごろの感謝、というセリフは心の中にしまっておく。 「ふーん。そうか、結構しゃべったんだな」 「…そうですね」 (そうでもないけどね)  緑川は適当に相槌を打ちながら心の中で正反対のことをつぶやく。  実際まだ話していないことは色々あるのだ。四十点分だけ話すといったのは間違っていない。 (いつかほんとにちゃんと話さなきゃな)  そう思いながら正面を見るとススキとヨモギの花瓶が彼の目に入った。 『緑川君すごい人だよ。ちょっとわかりにくいけどさ』  かつて緑川にそう言ってくれた人がいた。ススキを見ていたら急に思い出した。女性に褒められた数少ない経験である。ちなみにめちゃくちゃ喜んでしまい、後で冷静になって恥ずかしく思った経験でもある。今、彼女はどうしているだろうか……。 「ん…んむ……」  感傷に浸っていると肩に寄りかかっている香織が身じろぎした。が、そのまますぐまた眠ってしまった。  いつかこの子とも別れてしまうのだろうなぁ、と緑川はふいにそう思った。 別にこの年になれば人との別れなんていくつも経験している。両親との死別だって経験した。  香織とは強烈な出会いから始まり、大学を離れてできた初めての友人だ。そのせいだろう。こんなにも別れが怖いのは。彼は月を見上げながら自分の心をそう分析した。  最も彼が強く別れたくないと思っているのはそれ以外に理由があるかもしれないのは彼自身も知らず、今夜二人をずっと見ていた月のみぞ知ることである。                      ――――fin?
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加