第7章 ヒガンバナ(1)

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第7章 ヒガンバナ(1)

 鳥の声で私はハッと目を覚ました。何か悪い夢でも見ていたように嫌な感じがするが、内容は思い出せない。起き上がると見慣れた部屋が、しかし最近ではあまり使っていない部屋の様子が目に入った。 「そっか。私実家に帰ってたんだった…」  ぼんやりした頭で独り言をつぶやく。まだ外は暗い。時計を見ると午前五時半だった。土曜日でアラームも鳴っていないのによく起きたものだ。悪夢に加え、今日の行事に少し緊張しているのだろう。    すっかり目が冴えてしまった私は朝の散歩というのをすることにしてみた。早起きが苦手な私はあまりそういうことをしないのだが、してみるのも悪くないと思った。    外を歩く人も少ないだろうし、着替えるのも面倒なので部屋着のままで。一階の両親を起こさないように静かに階段を下りて、玄関に向かう。両親は多分六時半くらいに起きるだろうからそれまでに戻ってシャワーでも浴びよう。そんなことを考えながら私は靴を履き、ドアを開けた。両親が聞いているわけではないが(というか、聞かれないようにして)「いってきます」と小さく言うのを忘れない。    残暑厳しい九月とはいえ、早朝はやはり気温が低い。心地いい気温の中で私は一度深呼吸して歩き始めた。とりあえず家の周り一周かな。私の実家はよくある地方都市の一角にある。途中でジョギングしている人と一人すれ違うくらいで人もそんなに多く住んでいるわけではない。    ふと見るとブロック塀沿いにヒガンバナが咲いているのが目に入った。茎以外すべて真っ赤で、花弁やおしべ、めしべをピンと元気よく伸ばしている。  確か彼岸のころに花を咲かせるから『彼岸花(ヒガンバナ)』と言うんだったか。これくらいは緑川に教えられなくても知っている。最近は緑川の影響か、道行く草花が気になるようになった。彼曰く、温暖化の影響か、九月だろうと十月だろうと夏の花が咲いていることがよくあるそうだ。夏の花と秋の花、両方楽しめてある意味お得、とかも言っていた。  ヒガンバナはよく見かけるが、全体が赤一色でどんな構造なのかじっくり見たことはなかった。改めてよく見ると茎のてっぺんから放射状に六個の花が咲いているのがわかった。それぞれの花から六本のおしべが伸び、めしべが一本伸びているのがわかる。  ヒガンバナを観察しているとふと疑問がわいてきた。  そういえばヒガンバナの葉っぱってどんなのだろう。  これまた緑川の影響か、花を見るときに葉を見るようにもなってしまった。もちろん葉の形で見分けられるようになるわけではないが、なんとなく見るようになってしまった。花を見たから次は葉を見ようかなとか思ったが、葉がどこにもないのだ。今までの記憶でもヒガンバナに葉があったところはなかった気がする(よく観察していたわけではなかったが)。  辺りを見てみても葉があるヒガンバナはない。葉がなくても生きていけるのかな?光合成とかどうやってするんだろう。今度、『歩く植物図鑑』こと緑川に聞いてみるか。そう思って私はまた歩き出した。 ab5d0b00-1a69-46a6-95eb-221d20320c35
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