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楽しい旅行の筈なのに、なにか心に引っかかる。朝から気分は最悪だった。紺色の軽自動車は所々錆が浮かんでいて見窄らしい。手回し式窓のハンドルも野暮ったくてダサい。ハンドバッグを後部座席に投げつけるように乱暴に置いて、キーを捻る。何度か回してやっとエンジンがかかり、トコトコと進み始める。動くたびに車体の軋む音が酷く耳障りで、古くてぼろぼろのこの車の全てが憎たらしく思えた。
車を借りる時の母親の態度も気に食わなかった。もう十何年も乗っているから「そろそろ新しい車にした方が良いかもね」ってただの軽口で言っただけなのに、「じゃあアンタが買えば」なんて嫌味ったらしく言ってきて、朝出かける時も無言だし。
ユーコとは近所の公園で待ち合わせしている。
公園には既にユーコが待っていて、路肩に寄せて停車すると、すかさず飛び乗ってきた。
「おお、ぐるぐるじゃん!! テンション上がる〜」
無邪気に盛り上がってくれるユーコを見ると、それだけでモヤモヤが少し晴れる。
「不機嫌そうだけど、なんかあった?」
「あー、母親だよ、母親。なんかぶつぶつ煩くてさ」
昔は結構仲が良かった気がするのだが、父親との離婚を機に、すれ違う事が多くなった。寂しさを誤魔化す様に仕事に精を出す母と、程なくして思春期を迎える当時の私とでは上手くいく訳は無く、私と母の間に築かれた壁は、年々高く強固になっていく。
「もう十年以上経つんだからいい加減吹っ切って欲しいけどねー」
「時間の問題というか、きっかけの問題なのかもね、そういうのって」
ユーコには家の事情は話してある。どんなに愚痴ってもゆるく聞き流して、偶にそれっぽい為になる言葉を返してくれるので、一緒にいてくれると気が楽だ。
おんぼろ車は、トコトコ、ギシギシと不安げな不協和音を奏でながら、私達を運んでいく。
「ねえ、曲かけてもいーい?」
「今運転集中してるから話しかけないで!! 勝手にやっていいよ」
慣れない運転をしながら、小さいスマホのナビを追っている所だったので、ついぞんざいな対応をしてしまう。
当の本人は何も気にしていない様子で、シガーソケットにFMトランスミッターを装着して、周波数を合わせている。
流れてくる曲は、ユーコがハマっていると言っていた、海外のアイドルの有名な曲だ。アイドルには興味が無い私も、この曲は流行していたので知っていた。ユーコに言わせればもう流行としては古いらしいが、一応気をつかって、私の好みにも合う曲をかけてくれたみたいだ。
サビの『ダーナナー』というフレーズがキャッチーなこの曲は私も好きで、些細な気遣いがとても嬉しかった。
どれだけ踏み込んでも加速しない愛車に辟易としながら、ひたすら左車線を行く。もっと爽快にかっ飛ばして、さっさと目的地まで行くはずだったのになあ......なんて考えていると、曲がサビに差し掛かった。
『ダーナナー......』と始まるサビ。何故だか今日は違って聴こえる。『......ナーナナナー』と続くこの曲、頭ではそうわかっているのに、何故か心は『マイトなハニー』と叫んでる。
リズムも何も全然違う曲が、頭の中で勝手に流れ始める。
同じなのは、タイトルとアイドルが歌ってるってことくらいなものなのに、なんで急にこの歌を思い出すのだろう。
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