1 古いアパート

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1 古いアパート

 ビルの改修工事の音で目覚めた男は不機嫌そうに洗面台へと向かった。このアパートは未亡人となった七十過ぎの老婆が建てたものであったが、その老婆はアパートの完成間近に亡くなってしまった。やがて、遺された娘に所有権が渡ったが、手入れや手続きが面倒だと売りに出されていたところを男が購入した。 アパートの壁は緑色で屋根は青色と誰がどう見ても不恰好で、近代的で洗練された周囲の街並みも相まって異様さは一層際立っていた。立地は良かったが、おしゃれを好む都会の人々がわざわざ家賃を払ってまで住みたがらないだろうという考えから、男が入居者を募集することはなかった。空いている部屋は倉庫として利用するわけでもなく、男はただ一室を生活拠点して四十年もの間暮らしていた。  ある夜、ポツポツと隣の部屋から雨漏りのような音が聞こえた。しかし、6月としては珍しく連日晴天が続いていたため、雨漏りをすることは考えにくかった。男は恐る恐る、隣の部屋の鍵を開けた。
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