2022/9/08 「バールのようなもの①」

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『昨日未明、渋谷駅周辺で女性が突然後ろから何者かに頭部を殴られる事件がありました。犯人はいまだ見つかっておらず、凶器はバールのようなものだと思われます…』 「なあ、バールのようなものって一体なんだろ。」 「あ?バールのようなものって言ってんだからバールだろ。」 こいつは幼馴染の秋人、幼稚園の頃からの腐れ縁で家族ぐるみで仲がよく兄弟のように育ってきた。こいつの両親が共働きの為夕食を一緒に食べることも多く、家に帰ると何食わぬ顔で我が家のリビングを牛耳っていることがよくある。 「前々から不思議に思ってたんだよ。ニュースでよく凶器はバールのようなものだと思われますって言ってるけどよ、あれってくぎ抜いたりするときに使う工具のことだよな。」 「ああ、あの赤と黒のやつだろ?」 なぜ急にそんなことが気になりだすんだと思ったが、確かにそれについては俺も以前から疑問には思っていた。 「あれ持ってる人なんて大工以外なかなか居ないよな?それなのになんで頻繁にニュースで凶器として流れてくるんだよ。人を殴るときにはバールっていう謎のルールでもあるのか?」 「そんなバカなルールあるかよ。それに今から人殴ろうとするやつが、訳の分からないルール忠実に守るかボケ。ようなものって言ってるんだから似てる凶器なんじゃないか?」 「似てるものをめんどくさいから全部バールで表現していいのかよ。テレビだぞ、真実を伝えないでどうする。」 おいおい、そんな真面目な顔をしてこっちを見ないでくれよ。お前の変なこだわりに俺を巻き込むな。 「思われますとか言ってるから凶器が何なのか分かってないんだよ。多分棒状だと思われるものはバールって表現するって決まりでもあるんじゃね?知らんけど。」 こいつは一度何かが気になると、それに対する自分の考えがまとまるまでその疑問に囚われてしまう。そのため、巻き込まれないためにも軽くあしらうのが一番である。 「それならバッドでもいいわけだろ、それなのになんでバールなんだ?地味にマイナーな工具きちんと知っている人もいないだろうし、何よりイメージしずらいだろ。」 確かにそれも一理ある。なぜバールで表現するのだろうか。凶器として使われたのならバールよりもバッドの方が確実に可能性が高いだろう。 「それもそうだな、じゃあネットで調べればいいんじゃね?ヘイ、シリー」 「おい、やめろよっ。」 そういうと秋人は怒ったように俺の手からスマホをひったくると、自分の尻ポケットにしまい込んでしまった。 「なにすんだ、返せよ俺のスマホ。」 「これだから最近の若者は、自分で考えるようとしない。一瞬で答えが分かってしまうことに一体何の面白みがあるっていうんだ。浮かんだ疑問についてあれやこれやと議論を交わし、やっとのことで導き出すその過程にこそ意味があるんじゃないか。お前あれだろ、ワークとか答え見ながら解くタイプだろ。」 あぁ、本当にめんどくさいな。確かにワークは答えを見ながら解くけれど、 「そんなこと言ったって、いくら議論を交わしてもバールのようなものの正体はつかめないだろ?それなら調べちまった方が時間の短縮になるだろうが。」 「嫌だ、俺にもプライドってものがある。ネットなんかに頼る情けない男になんかなりたくないね。」 こうなってしまったからにはこいつはもう止まらない。気が収まるまでこの意味のない議論に付き合うしかないだろう。今日の夕食は母さん特製ピーマンの肉詰めだ。こいつの大好物だから料理が完成すれば興味も薄れるだろう。仕方ないからそれまではかまってやることにした。 続きは明日書きます。
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