温かい食卓

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「ご馳走様でした」 「…楽しい食事でした、ありがとう」 津城は、玄関を出て道を挟んだ門前まで付き添ってくれた。 き、と音を立てて香乃が門を開く。 「…香乃さん」 お嬢さんが響きを変えて、香乃はドキリとした。 「…はい?」 「…千草さんも週の半分は夕食をご一緒していました…またいつでも」 薄く微笑んで、津城が言った。 初耳だった。 会いに帰らなくても、電話はしていた。 千草は一度も、よそのお宅で夕食を食べるなんて言わなかったのに。 「…ありがとう、ございます」 楽しい夕食だった。 香乃は丁寧に頭を下げて、津城に背を向けた。 「香乃さん」 「はい?」 振り返った香乃に、少しだけ考える顔をした津城がふっと笑った。 「ワンピース、お似合いですね」 「…ありがとうございます」 何だろう。 何か変な感じだ。 翌朝は快晴。 香乃はパジャマに薄手のカーディガンを羽織って窓を開けた。 まだ朝露が乾かない庭の緑の匂いを吸い込んで深呼吸をする。 …今日こそ、ハローワークに行くか。 いや、その前に荷解きをしなくては。 昼を過ぎたら和代との約束もある。 向かいの窓は開いていた。 そこに猫も津城もいないけれど。 そもそもあそこは誰の部屋なのだろうか? 客間という可能性もあるわけで。 なんにせよ、あの可愛い猫は見たい。 昨日の夕食には出てきてくれなかったな。 千草が愛用していた蚊取り線香をたいてから、台所におりる。 昨夜使うはずだった卵でサンドイッチでも作ろうか。 「うちも…猫、飼いたいな…」 津城の膝の上で気持ち良さそうに撫ぜられていた猫はとても可愛かった。 癒しが欲しい。 ハローワークの前に、保健所を見に行こうかな。 そう考えて苦笑する。 一番に取りかかるべき仕事が、どんどん後回しになって行く。 まぁいい。 慎ましく暮らせば、しばらくいきていけるのだから。 もう少しだけ、心を回復させたらバリバリ働こう。 ご飯を食べたら掃除をして。 少しずつでも片付けを始めよう。 一緒に心も、整理できるかもしれない。
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