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「ねぇモズ…お日様にあたりっ放しってさぁ…着物ダメになっちゃうと思わない?」
夏祭りの季節が終わる頃になっても、着物しはかけられたままだった。
香乃とモズは毎日、文机から津城の"抜け殻"を眺めて過ごした。
曇り空、雨の日、晴れの日。
光の加減で少しだけ見え方の違うその色を、毎日、毎日眺めて過ごした。
文机の一角に座布団を敷くほど、モズは窓辺を離れず。
この家にはこの一部屋しかないのかと笑うほど、二人でそこに座っていた。
向かいの家のポストの郵便物が、はみ出していっぱいになる頃には、定期的に無くなっていて。
多分、誰かが夜中に回収に来ている。
矢田か、鶴橋か。
その時に元気だと、メモの一枚でもうちに入れてくれればいいのに。
でもそれが、彼等が元気だと思う気持ちを繋ぎ止めてくれた。
彼等は、一体何をしているのだろう。
「…会いたいねぇ…モズ」
なぁん、と少し掠れた鳴き声が寄り添ってくれる。
ずっと一緒に過ごすからか、モズは香乃の心の浮き沈みをよく理解してくれた。
時々、もう誰も戻らないのでは無いかと沈み。
泣きたい気持ちで布団に入る夜。
普段は足元で丸くなるモズは必ず、香乃の肩口から布団に入って寄り添ってくれる。
同じ様に寂しい一匹と一人が、くっついて眠る。
モズを預けてくれて良かった。
そうじゃなかったら、きっと孤独に耐えられず。
もうずっと早い段階でここから逃げ出したかもしれない。
「ねぇモズ、明日は外がうるさいかもよー準備しなくちゃね?」
もういくつか台風が近づいて、通り過ぎていたけれど、どうやら今回は直撃で。
更に大きい。
今日の夜から、明日の午前中が酷いとニュースキャスターが繰り返し報じていた。
とりあえず風呂に水を貯め、雨戸を閉めて。
懐中電灯と、置型の電池式のランタンを装備した。
まだ予報円の外側に居るのにもうガタガタと雨戸が鳴っている。
「怖いねぇ…でも大丈夫。抱っこしてるからね?」
夕方早めに夕食と入浴を済ませて、テレビとにらめっこしながら居間で過ごしていた。
モズは音で落ち着かないのか、香乃から離れずにいたけれど。
日付けが変わる頃にはいよいよ家が揺れるほど、風と雨が強くなり始めると居間のテーブルの下から出てこなくなった。
古い家がミシミシと鳴る。
ばつん、と電気が消え真っ暗になった。
慌ててランタンをつける。
「大丈夫、ここに居るからね?モズ」
テーブルの下に手を伸ばして、そっとモズの背を撫ぜるけれど。
正直怖くて仕方ない。
屋根が飛ぶんじゃないの?
今さら避難なんて出来ないし。
バキバキと少し遠くで音がする。
どこかの庭木が折れたのかもしれない。
風かと思っていた窓を叩く音が大きくなった。
「香乃ちゃん!!」
…それは久しぶりに聞く、待ちわびた人の声だった。
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