温かい食卓

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温かい食卓

「大変だったねぇ、さあ入って」 まるで幼い頃から知っているみたいに、彼女は香乃を迎え入れた。 しわくちゃの手が優しく背中を撫ぜて、引き入れる。 玄関を入ると、もういい匂いがしていた。 「突然お邪魔してすみません」 「いいのよ、待ってたわ」 さあ、奥へと通された部屋は広く、やはり香乃の想像通り贅沢な作りだった。 和室の中央に大きな一枚板のテーブルが鎮座していて。 もうテーブルいっぱいの和食が並べられていた。 お刺身やお吸い物。 煮物にだし巻きたまご。 上座と向かい合って並べられた座布団を勧められて腰を下ろした。 「秋人さんを呼んでくるわね、お茶をどうぞ」 「ありがとうございます」 パタパタとスリッパを鳴らして、足音が遠ざかる。 階段の下からだろう。 いらっしゃいましたよと、彼女の声がする。 おりてくる足音に、背筋が伸びた。 「…いらっしゃい」 障子を開けて、津城が顔を出した。 「こんばんは」 急なお誘いで、手土産も用意してこなかったと思いながら、香乃は頭を下げた。 「ああ…準備が出来てるね…食べましょうか」 津城が上座に腰を下ろして、ゆっくりと香乃と視線を合わせた。 目を細めて静かに微笑む。 「お嬢さんは、食べられない物はありますか?」 「いえ、アレルギーもないです。…どれも美味しそうです」 津城が頷いて、用意されていた徳利を持ち上げる。 「お酒は?」 「あ、お酒は飲めなくは無いんですけど…ちょっと弱くて」 千草も香織もいける口だったのだが、父親がダメで。 どうやら香乃はそれを引き継いだ様だ。 「そうですか、ではお茶で」 手酌でお猪口に酒を注ぎ、そっと持ち上げたのに合わせて湯呑みを上げた。 「さぁさぁ、茶碗蒸しですよ、香乃ちゃん好きでしょう?」 お盆に三つ、茶碗蒸しを乗せて入ってきたおばぁちゃんが入口に近い席に腰を下ろした。 「普段はあと二人いるんだけどね…今日は三人だ…いただきます」 「都合がつけば良かったんですけどねぇ、賑やかで…いただきます」 「いただきます」 緊張していたのは最初だけだった。 おばぁちゃんは和代さんと言ってよく話す人だった。 千草から香乃の話しをよく聞いたと、あれこれ話してくれた。 津城は酒を飲みながら、静かに香乃と和代の話しに耳を傾けていた。 「へぇ、香乃ちゃん着付けもできるの?」 「おばぁちゃんに教えて貰ったんです…あまり使うことは無いですけど」 「若いのに着物が着れるのはいい事よー」 和代は本当に楽しそうに話しかけてくれて、香乃はホンワカと心が解れていく。 「そうなのー、お仕事を探してるのね…」 「ええ、在宅で何か出来ればと思ってて…会計か、入力か…なかなか難しいですかね」 「うふふ、若いんだから大丈夫よ」 どれもほっとする味の料理も、この頃落ちていた食欲が嘘の様に胃に収まっていく。 「あ、そうだわ…香乃ちゃん明日時間あるかしら?」 「はい、予定は何も」 「じゃあ明日一緒に餃子作らない?男の人が三人もいると、一人じゃ骨が折れるのよ」 「はい、お手伝いします…細々とした作業好きなんですよ」 嬉しいわと和代が笑う。 香乃も、明日も和代の笑顔が見られると思うと嬉しかった。
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