甘いお菓子

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甘いお菓子

結局、掃除をして食器の整理をしただけで、和代との約束の時間が迫ってきてしまった。 シャワーを済ませ、今日は千草の持っていたレースのワンピースに着替えて家を出た。 窓辺に猫も津城も居ないのを確認して、門をくぐる。 昨日別れ際にチャイムは要らないと言われたので、玄関を開けて大きな声を出した。 「こんにちはーっ、九重でーす!」 「いらっしゃーい!入ってきて!」 キッチンからだろうか、和代の返答が返ってきた。 「お邪魔しまーす!」 靴を揃えて上がると昨日通された通りに廊下を進んだ。 「…あ、こんにちは」 中庭に面した硝子窓が開け放たれ、縁側に座った津城と目が合った。 盆につまみと徳利。 膝には猫。 羨ましい。 「…ああ、来たね…いらっしゃい」 今日も濃紺の着流しがやけに色っぽい。 「可愛いですね、女のコですか?」 丁度曲がればキッチンだろう所に立ち止まり香乃は膝の上の猫に視線を移して訊ねた。 「…うん、男を膝に乗せるのは好きじゃないんでねぇ」 お猪口片手の冗談が返ってきた。 「ふふ…」 笑った香乃に微笑み返して、津城が猫を中庭に促した。 立ち上がってこちらに歩いて来る。 「その奥がキッチン…僕もいきましょう」 すみませんと、津城とすれ違い後ろに着いて歩く。 やっぱり香乃より頭二つは高い背と、綺麗な項。 お香か何かだろうか。 優しい香りがする。 「和代さん、香乃さん来たよ」 「はいはーい、香乃ちゃんもうちょっとまっててね、包むのをお願いするわ」 和代はフードプロセッサーを手に微笑んだ。 「お手伝いしましょうか?」 「大丈夫よー、今は楽だから入れるだけよ」 持って行ってとお茶と大福ののった盆を手渡され、結局津城と縁側に逆戻りする事になった。 縁側の柱に背を預け、立膝を着いた津城と盆を挟んで座る。 香乃は縁側から足を出して庭を眺めながら大福を手に取った。 「っ、おいしーい!」 ふわふわの大福。 思わず声が出た。 「…それは良かった」 「美味しいですほんとに!」 く、とお猪口を煽って津城が目元を綻ばせた。 「うちの同居人の手土産です…今度どこのか聞いておきますよ」 こくりと津城の喉仏が酒を嚥下する。 またゆっくりと徳利を持ち上げてお猪口に注ぐ仕草は、今まで香乃の周りにいた男性とは違い、優雅だ。 年齢的にはまだ働き盛りに見えるのに、どこか世間とは距離を置いているようにも見えた。 何の仕事をしているのだろう。 「…香乃さんは、甘い物が好きですか」 「はい、和菓子も洋菓子も両方大好きです」 朝ごはんがケーキでも問題ない。 横顔に時々津城の視線を感じながら、香乃の庭とは違う…ちゃんと庭師が整えたであろう見事な庭を見ながら大事に大福を食べる。 「…津城さんは、甘い物はお好きですか?」 「…いや、僕は甘味より…」 「お酒、ですか?」 くりんと顔を向けた香乃。 津城は少しバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。 「…そうですねぇ…酒と、猫が居れば」 津城の片膝で猫がゴロゴロと喉を鳴らしている。 気持ち良さそうだ。 きっと、この猫と同じように…女の人もこの人をほっとかないのだろうなと思った。
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