あいつによく似た人

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あいつによく似た人

 大学の一〇号棟一階に佇む小さな部屋。一〇号棟は授業で何度も訪れていただけに、こんな身近なところにあるなんて知りもせず驚きだった。四年間の大学生活のうちにここを訪れる人はいったい何人いるのだろうか。  自分がこんなところに来るとは思わなかった。楽しいはずの学生生活を順風満帆に過ごせば使わなくていいのだから。俺は入学当初、学内説明があったときから、ここは俺にとってきっと一度も訪れることのない縁のない場所だ、行かなくていいものだと思っていた。自分には程遠い場所だと思っていた。  その名前は『学生心理相談室』。俺が大学に入った頃、大学生というものは明るい学生生活を送って悩みなどなく大学四年間を送るものだと思っていた。しかし学校の中にひっそりと一室を構える学生心理相談室は意外と近いところにあった。わりと早く来たものだ。  本当は来る気などなかった。心の中で何度も葛藤した。今にも喉から言葉が出そうなくらい辛い気持ちがある自分と、いや大丈夫だと強がる自分。しかし俺のあらゆる状況を打ち明けてしまった大学の教授から、ぜひ学生心理相談室を使ってみてはどうか、心が落ち着くかもしれないよと言ってくれたのだ。教授が見せたその安心感を与える笑顔にほんの少しだけ信じてみようと思えた。  足取りは妙に重い。扉は見えているのに、足が動こうとせず、それなのに心は早く行ってくれもう耐えられないと叫んでいる。 「ここまで来て行かないってのもな……」  今は自分が受ける授業が入っていない時間だ。周りは授業中なので人通りは少ない。それでも通りすがりの学生に見られている。柱の後ろから一〇号棟一階の部屋をじっと見つめて動かない自分に視線が向けられている。  突然、部屋の自動扉が開いた。そこから女子学生が飛び跳ねるウサギのように出てきた。両足で着地し、その後に出てきた小柄な先生らしき人に向き直った。女子学生のやや茶色がかったポニーテールが揺れる。  左右にゆらゆらと振り子のような動きで。  そのポニーテールの形と動きに見覚えのある。
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