偽善者

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 北野はやめてとも言わなかった。悲鳴を上げることもなかった。  ただ北野は頭を抱えてその場に座り込んで震えているだけ。暴力から腕で守ろうとしている小さな子供のように映った。北野がとても小さな子供に見えた。  俺、何しようとしているんだ? 「……ごめん」  いつのまにかポツリと呟いていた。 「ごめん」  震えていた。目の前にしゃがみこむ女の子が。そして、俺の腕が。  力なく垂れ下がる。  何やってんだ俺。腕を感情任せに振り上げて、相手を脅して。そうすれば自分の意見の思い通りになるってのか。  こんなにぶるぶると震えている人見たことない。いや、俺の目が震えているのか? 北野に焦点が合わない。  あれ? 確かに北野が前にいたよな? 華奢な体、ポニーテール。でも何か違って見える。私服姿の……もしかして朱莉?  死んだ妹の朱莉? 同級生の明里? どっちだ?  目の前がうるんで判別つかない。  でもこれだけは確実に言えるよな。  そうだよ、アカリ、俺は。 ──偽善者だよ。お兄ちゃんは。  先に言われたか、お前の言う通りだ。これまでも。これからもな。  目が熱い。そこから熱いものが流れてくる。これはなんだろう。 「どうして……そっちが泣いているの?」  この声、朱莉じゃない。北野明里だ。伺うような確かめるような、か細く小さな声。  身体の力が入らなくなって膝から崩れ落ちた。 「そうだ、俺は偽善者だよ。……優しいふりをする最低な人間だよ」
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