二人しかいない兄妹

4/11
前へ
/61ページ
次へ
 三月になり第一志望の大学に合格した頃、俺はまた何か言ってくるのかと思っていたが、朱莉は何も相談らしい相談を持ちかけてくることはなかった。悩みが消えたのなら良いに越したことはない。俺は心のどこかで安心していた。やっと兄離れができたかと。妹のことも、勉強のことも、解放されて自由になれる。そう思っていた。  しかし大学がいざ始まってみると、楽とは言えるはずもなかった。一コマの授業時間は長く集中するのに大変だったし、勉強についていくだけで精一杯。自分で選んでおいて文句を言うのも何だけど授業によってはつまらないものもある。宿題もレポートも多いしテストも簡単じゃない。サークルに入ってみたは良いものの、自分と合わないやつらもいて人間関係を作るのに大変だった。俺が思っていた楽しいキャンパスライフとは少し違っていた。希望の大学に入ったものの、結局俺の気分は受験前とそう変わらなかった。  朱莉はそんな状況の俺に、また暗い顔をして言ってきた。その時にわかった。朱莉はまだ兄離れできていないことに。俺だけを頼ろうとしていることに。 「お兄ちゃん」  沈んだ声。朱莉は本当に表情にも声にも出やすい、何ともわかりやすいやつだ。 「ちょっとだけ、お兄ちゃんの意見を聞かせてくれる?」 「何? また相談?」  なんで俺ばっかりなんだよ。母さんは? 父さんは? 俺にばかり相談を持ちかけてくるなよ。朱莉の相談役はもう疲れていた。 「お前ってさ、友達いねーの? 相談とか話を聞いてくれる友達」  朱莉は友達作りや人間関係のことで悩みやすかった。これは毎年だ。小学生の頃だっただろうか、春に新しい友達ができても、秋に決裂することが多いと聞く。なぜかはわからない。俺は友達の話や空気に合わせることが得意ですぐに友達ができるから。 「……」  友達がいるともいないとも、どちらも答えなかった。  そして俺はその時何も知らなかったから言えたんだ。 「朱莉の悩みが何か知らねーけど、友達がいないとか、うまく作れないってお前が悪いんだろ。普通は友達なんてみんな作れるよ。自業自得じゃね」  その話をしたのは夏頃だったにも関わらず、朱莉と俺の間には張り詰めたような冷たい空気が流れたのを覚えている。朱莉は口をつぐんで押し黙ってしまった。きっと図星だったのだと思う。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加