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ふうと北野は息をつく。
「堀越くんが悩みを打ち明けてくれたから、私も話そうかな。私がどうして電車でうずくまってたか、聞きたい?」
「話したいのなら……」
北野の目は空を向いた。足を外に投げ出してぶらぶらさせ、いかにも楽しそうに話し始めた。
「まず前提の話しなきゃ。私、今は違うんだけど、小学校まではお父さんとお母さんと暮らしていてね、そのお父さんがとんでもない人だったの。言っちゃうとDV男ってやつ? 何かあるとお母さんにすぐに暴力を振るってね。お母さんはいつもビクビクしていてなんの抵抗もできなかった。しまいには私にも暴力を振るってきた。いつもお母さんが守ってくれて身代わりになっていたけど」
俺の口はいつのまにかぽかんと開いて閉じられなかった。
北野の語り口はそのままに続けた。
「そのうち暴力がエスカレートするものだから、お母さんの親戚がついに離婚させてね、いろいろあったけど私とお母さんはようやく逃げられたってわけ」
俺は自分の右手を見た。
「そう……だったの? それでさっき、俺が振りかざした時……」
なぜか乾いた笑みを見せた。
「つい反射でね。びっくりしちゃったでしょ」
あははは……とわざとらしい乾いた笑い。
笑って言えることかよ。こんなこと。いや、たぶん、そうでもしないと精神がもたないんだ。
「ほんと、ごめん」
返答はなかった。
北野は俺の目を見なかった。横から見ると、北野の目には涙が溜まってる。北野の涙腺は今にも切れそうなのかもしれない。やっぱり空に視線を投げている。これもきっと、涙が流れないようにするためだ。
しばらくして、ぶらぶらと動かしていた北野の足が止まった。
「でも、いたよ」
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