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はぁとため息のようなものが漏れた。
「『そんなDV夫を選んだのはお前だろ』とか、『子供をつくったのはお前だろ』とか、お母さんばかり非難して、『被害者面ばかりするな』とかいうやつら。お母さんだって、最初からお父さんがそんなことする男だと知ってたわけじゃない。親戚も最初は世間体を気にして離婚に反対だった。だから私、見て見ぬふりをする人なんて嫌と言うほど見てきたの。同情じみたことを言って本当は優しくない人なんて嫌というほど見てきた。偽善者をたくさん知ってるつもりだよ。むしろそういう人のほうが圧倒的に多いこともね」
偽善者を知ってる。
「そういう家庭で育ったっていうものあって、ずっと大人の男性が怖かったし、人との接し方が分からないし、それに……目には見えない病気を背負ってるんだ」
「目には見えない病気?」
そういえば叫んでいた。『私だって治らない病気抱えて生きてるんだよ!』と。
もしかして。今の母さんと同じような。
「意外? 病気なんて何にもなさそうで、元気そうに見える?」
「いや」
今ならわかるかもしれない。元気なんじゃない、元気そうに振る舞ってるだけだ。北野はそうするのに慣れていて上手いだけ。ただそれだけのことなんだ。そうしないと社会で生きていけないんだ。
「精神的なやつってこと……?」
ちょっと驚いた表情を見せた。少しほっとした表情だった。
「ま、そういうこと。すんなり理解してくれてありがたいよ。普段は元気なときもあるし、そう振る舞うこともできるんだけどね。ふとした瞬間に昔のことを思い出したり、動悸がして体が動けなくなることがあるの。フラッシュバックってやつかな? テレビの暴力シーンとかDVのニュースとか、本当にだめ。すぐに怖くてたまらなくなる。さっき電車の中でね、……学校で堀越くんがごめんごめんって何度も何度も謝ってたときのことを思い出して……いや、これはやっぱり言わなくていいか、電車の中で思い出すことがあって発作が起こってたの」
「そっか、それで」
もしかして俺のことが原因だったのだろうか。
「電車を途中で降りて、落ち着くまで我慢した。少ししたらよくなってきたから、後から来た電車に乗り込んだの。そしたら偶然会っちゃったね」
「ごめん、すぐに気づかなくて。そうすれば助けられたかもしれない」
北野の秘密を知っていたら守れたかもしれない。今でも思い出される優先席に座った北野に対する非難の言葉。そこに俺のも混ざっている。ついでに、傷つけることもなかったかもしれない。
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