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揺れる電車の音が聞こえる。
乗客の少ない車両の窓からは、ゆったりと流れる河と、遠くに浮かぶ正午の太陽が見えた。
こうして電車に乗って、彼の生まれ育った街に向かうのは何年ぶりのことだろう、と私はふとその情景にふけりながら思いを巡らせた。
先日、四十年ほど連れ添った夫がこの世から旅立った。
最期の時が近づいているのをあの人は自覚していたのだろう。寝台の上でゆったりと、彼は過去の話を急に思い出したかのように喋ることが多くなっていった。
かつて学生時代に経験したことや、いろいろな人との出会い。私と結婚して子供ができて、その子供も自立して家を出て、結婚して。そんな経験やその時々の心境などを、彼は窓の外を見ながらおもむろに話していた。
それは私に話しかけているようでもあったし、独り言のようにその空間に過去の記憶を預けているような雰囲気でもあった。
私は冬に向けて編み物をしながら、その話に深く踏み込むわけでもなく、ただ相づちを打ってその話を聞いていた。
それが長年私たちがともに暮らしてきた一つの形であり、その時間があの人にとっても、私にとっても欠かすことのできない大切な日常だったのだ。
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