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「でも、私」
「そろそろ若い二人だけにしてもらえませんか? ここの庭は一見の価値がありますよ」
四郎はあくまでも私に断らせないようにしたいみたいで、庭を指差した。
確かに綺麗な庭だ。
歩いてみたいし、一度彼とは腹を割って話す必要がありそうだ。
「あらあら、そうね。じゃあ、あとは若い二人で、ね!」
うちのお母さんが下手なウインクをすると、みんなが一斉に席を立った。
「この後、特別にもう一つデザートをお持ちしますけど?」
ウェイトレスに扮した薫ちゃんが私たちを引き止めるように声を掛けたのに、「この二人の分は包んでいただけるかしら」とお母さんに返されてしまった。
というか、お母さんもお父さんも薫ちゃんだって絶対気づいてるよね?
薫ちゃんに睨まれながら、私は四郎と一緒に庭に出た。
もう! 薫ちゃんったら!
私はちゃんと縁談を断るって言ってるのに、なんで信用してくれないわけ?
プンスカしていた私は、いつもよりも鈍感になっていたみたいだ。
気づいたときには目の前に男性の霊が立っていた。
これだから古くからあるお店や庭園って奴は!
特に東京の街中は関東大震災や東京大空襲などで亡くなった人たちの霊が今もうようよしている。
戦後すぐに建てられた白玉荘にいたのに、今までそういう気配を感じなかったのは近くに薫ちゃんがいたからだろう。
「優ちゃん、視えてる?」
「四郎くんも?」
「もちろん! 割と新しめの霊みたいだね。なんだかダサい格好をしてるけど」
当の本人を前にそんなことを言うから、私は思わず「すみません」と霊に謝った。
四郎くんが霊が視える人だということはよくわかったけど、死んだ人に対する敬意を感じられないのが残念だった。
「良かった! 俺のことが見えるんですね!?」
「えっと、何かお困りですか?」
いつもは寄ってくる霊たちに一々こんなことは訊かないけど、目の前の男性は控えめでありながら途方に暮れた様子なので、ついつい尋ねてしまった。
年の頃は三十代前半といった感じだ。
「俺の故郷が変なんです。ちょっとついてきてください」
「え!?」
これはマズい!と思ったときには、もう周りが濃い霧に包まれていた。
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