視えない場所

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 薫ちゃんは今頃どうしているだろうか。  まだウェイトレス姿で、お母さんたちの前にデザートを並べているところかな?  薫ちゃんの不機嫌そうな顔が目に浮かぶ。怒っている顔も呆れたような顔も思い出せるのに、どうしてあの素敵な笑顔は思い出せないんだろう。  私が告白なんかしたら薫ちゃんを困らせるだけだとわかっていても、この気持ちを伝えたかったという後悔が湧き上がってくる。 「このままこの村に閉じ込められて、二度と薫ちゃんに会えないなんてイヤ!」  心の中の強い思いが、私の口から飛び出した。  四郎くんは「お姉さんと仲がいいんだね」と頷いてから、「コンビニに行ってみるか」とオレンジ色の看板を指差した。 「コンビニで何買うの?」 「新聞。今日が何年何月何日かわかるし、地方版を見ればここが何県かわかるだろ?」 「凄い! 四郎くん、天才じゃない?」  私が思わず四郎くんの両手を握ると、彼は真っ赤になって「そんな……大したことないよ」とはにかんだ。  コンビニで新聞を買った私たちは、すぐに店の外のベンチに腰を落ち着けた。  こんな田舎だからイートインスペースがないのは仕方ない。コンビニがあること自体、奇跡みたいなものなのだから。 「日付は……去年の五月だ!」  四郎くんが指差したところを見ると、五月六日と書いてある。 「つまり、この村の人たちはみんな去年の五月六日に亡くなっているのに、一年半の間ずっと最後の日を繰り返しているってことかな?」 「村の人たちが一斉に亡くなったなんて、まるでポンペイみたいだな」 「ポンペイって火山が噴火して地中に埋もれたんだっけ?」 「そう。一年半前、ここでは何が起きたんだろうな」  四郎くんはその答えを探すかのように新聞を捲り始めたけど、この新聞を隅から隅まで読んだとしても真相はわからない。  だって私たちが手にしているのは、その何かが起きる前に作られた新聞なんだから。 「地方版は?」 「あった! 茨城県だ!」  新聞の地方版にはたいてい地方色豊かでのどかな話題が載っているものだけど、ご多分に漏れずこの新聞もそうだった。  小学校の給食に近くの農家が新鮮な野菜を提供しているという記事には、子どもたちが美味しそうに食べている写真が添えられている。  この村にだってきっと小学校があって、児童たちはこの写真の子達と同じように給食を食べたり、笑ったりしていたはずだ。  四郎くんも私と同じことを考えたらしく、「そういえば、ここに来てから子どもの姿を見てないな」と呟いた。  私たちが白玉荘にいたのは昼過ぎだから、子どもはみんな幼稚園や学校に行っている時間だ。 「子どもたちもみんな亡くなったのかな?」  学校を探して行ってみればわかるだろうけど、せめて子どもたちだけでも助かっていてほしいと思うから、学校を探す気にはなれなかった。
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