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援軍が来る様子は微塵も感じられないので、次に私たちは村役場に向かった。
白玉荘でお見合いをした私たちの現実世界は土曜日だったけど、去年の五月六日は木曜日だから村役場は開いているはずだ。
見返り村役場に入ってすぐ正面の受付カウンターにつかつかと歩み寄る。
振り袖姿の私を見ても職員も利用客も眉一つ動かさないところを見ると、ここにいる人たちもみんな死者なのだろう。
「すみません。この村のハザードマップを見たいんですけど」
私が声を掛けると、中年の女性がやる気のなさそうな緩慢な動作で【我が村の防災】という小冊子を差し出してきた。
「ありがとうございました」とお礼を言って村役場を出た。
「都会の区役所や市役所だと最上階に展望ロビーがあって、街を見渡せるんだけどな。地形がわかれば手がかりになるのに」
「ここは二階建てですらないもんね」
村役場に隣接する消防署には火の見櫓のような鉄骨の塔があるけど、さすがにあそこには登らせてくれないだろう。
村役場の駐車場の隅のベンチに座ろうとしたら、座面が濡れていた。植え込みの紫陽花の花も雨露でキラキラ光っている。
今は快晴だけど、昨日は雨だったらしい。
「ここ数日雨なんか降っていなかったのにね」
思わず言ってしまってから、ここは神奈川じゃないし、一年半も前の世界なのだと思い出す。
死んだ住人たちは現実を受け入れられないで、在りし日の日常を繰り返している。
ここは永遠に五月だけど、金木犀の香る十月からいきなり飛ばされた身にしてみれば、戸惑うことばかりだ。
「着物が濡れちゃうね」
そう言うと、四郎くんはさっとスーツの上着を脱いでベンチの上に敷いた。
内ポケットのタグを見れば、高級ブランドのスーツなのにと申し訳なくなる。
それでももう敷いてもらったのだから、今更いいよと断っても遅い。
「ありがとう。四郎くんはいい人だね」
深々と頭を下げてから、ありがたく座らせてもらった。
「いい人なんて言われたことないな。それは純粋に褒め言葉? それとも"いい人止まり"って意味?」
今まで変な村に飛ばされたせいで棚上げにしていたことを急に突きつけられて、ドクンと心臓が跳ねた。
ちゃんと正直に言わなくちゃ。
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