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「今のは感謝の気持ちを込めた褒め言葉。だけど……四郎くんはいい人だけど、私、好きな人がいるから四郎くんとは結婚したくないの」
友だちにも誰にも好きな人がいることは言えなかったのに、思い切って言ってみたら案外スッキリした。
そして、四郎くんもわかっていたと言わんばかりに、にっこり微笑んで頷いた。
「だろうね。この僕との縁談を断ろうとするなんて、それしか考えられないもんな」
「だったら、どうして婚約しようって言ったのよ?」
「一旦婚約という形を取れば、両家の長い間の確執がなくなるからだよ。辻堂家はどうか知らないけど、二宮では何かにつけて『辻堂に負けるな』でさ」
「そうなの? うちは全然そんなことないよ」
「勝手にライバル視してるのはこっちだけか。先日も首相夫人が密かに辻堂に相談に行っただろ? それ知って、うちのじいさんなんかカリカリしちゃって。跡継ぎの妹の優ちゃんを二宮に取り込むしかないって息巻いてるんだ」
えっと……。
首相夫人が相談に来たのは本当だけど、あれって愛猫を捜してほしいっていう依頼だったんだよね。
死ぬとき姿を消す猫は本当にいて、私が捜しだしたニャンタは手厚く葬られたらしい。
まあ、辻堂家はそういうことをこつこつ積み重ねて為政者たちの信頼を得てきたわけだけど。
たぶん四郎くんのおじいさんは、首相夫人が閣僚人事をどうすべきか辻堂に占ってもらったとか思っているんだろうな。
「いろいろ誤解があるみたいだけど、私は跡継ぎの妹じゃないよ」
「は!?」
「後継者が薫ちゃんかどうかはまだわからないし、私は薫ちゃんの従妹に過ぎないから」
「マジか」
ガックリ項垂れた四郎くんの肩をポンと叩いた。
「でもさ、婚約なんかしなくても、もうこうやって二宮と辻堂はタッグを組むことが出来たじゃない?」
一瞬目を丸くした四郎くんは、「ハハ! ホントだ」と破顔した。
「じゃあ僕たちが両家の架け橋になるためにも、生きてこの村を出なくちゃな」
「うん! ハザードマップを見れば、この村が土石流に襲われたのか津波の被害に遭ったのかわかるよね」
私たちは額を寄せ合って【我が村の防災】のページを捲った。
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